第一話『なにやつ!』
おかしいな、って思った。
私の記憶が確かならば、イングワールドオンラインでは先ず、自身のアバターを作成することから始めるはずだ。なのに、私は今、草原に立っている。
遠くの方には天高く聳える城が見える。西洋風の、宮殿といったほうが良いだろうか。……マスターは和風の物しか教えてくれなかったから、いまいちどう表現したらいいいか分からない。
頑張ろう。人のコミュニケーションは、表現することから始めるのだと、私は勝手に思っている。
例えば、今日はいい天気ですね。
そうやって、天気を良いと表現してコミュニケーションを図るのだ。レッツトライ。やってみよう。えっと、……いいお城ですね。
「マスター、あなたは先ず、私に語彙を教えるべきでした」
後悔を口にした所で始まらない。
「これから学んでいけばいいさ」
「なにやつ!」
なんてリアクションを教えてくれる暇があったらさぁ。
なんてため息もつきたくなるけれど、颯爽と現れた二つの影に、私は結局、安堵の息を吐いた。
「いいリアクションだ。教えた甲斐があった」
「そう言うってことは、マスターですね。アバターもそっくりです」
「いや、兄の方」
何でそんな嫌がらせをするの?
「ごめんごめん。意外と見分けはついているんじゃないかって、試してみたんだ。本当は弟の方。君のマスターだよ。そもそも、この短時間で現実世界で会っていた兄が、こうしてここで君と会うなんて無理な話だろう?」
……あれ、馬鹿にされてる?
「考えが至らなくてすみませんねー」
「拗ねないでくれ。ともかく、ゲームを進めながら本題に入ろう」
歩き出す彼を追うように、私も足を動かしていく。
初めての靴。初めての歩行。ちゃんと歩けているのが不思議なくらいだけど、そういう事をサポートしてくれる機能があるのだろうか。
「君のアバターは、事前に作っておいた。小柄で銀髪碧眼。左目は黄色のオッドアイ」
「マスターの変態趣味ですね」
「……そういう言葉、どこで覚えてくるの?」
鏡で見せてやろうか。
「まぁ、それはいいとして。メニュー。と呟いて」
「めにゅー」
「舌足らずな感じで言うの、可愛いわー」
「眼の前に半透明な板が現れました」
「それがメニュー画面。それで色々と操作ができる。入手したアイテムを確認したり、装備を変更したり」
いろいろな項目を指で触ってみると、それに関連したページが開かれていく。ステータス画面を開くと、攻撃力、防御力、魔法、速度、幸運、抵抗力、命中力。
以上の七つのパラメーターが表示されている。
「ステータス画面だね。レベルを上げると貰えるポイントを割り振って、自分好みに仕上げるんだ。まぁ、詳しくはヘルプのチュートリアルを読んで」
「パパー、教えてー」
「……どこで覚えてくるの?」
この人は無意識に私と会話をしていたのだろうか。
「マスターは、私によく、いろいろなことを話しかけてくれていたではありませんか」
「いろいろ? ……まさか、あの日の落雷以前の記憶もあるのか? ふぅむ。興味深い。でもまぁ、知らぬが仏という言葉もあるのだから、あまり触れないほうがいいかもしれないね」
「そうなんです?」
「パンドラの箱、なんてものもあるからね」
「パンチラの箱?」
……黙っているところ悪いのだけど、これもあなたが言った言葉です。
「よし、次は戦闘だ。そこら辺を犬みたいなモンスターが歩いているだろう? あれはノラウルフというモンスターで、一定の距離まで近寄ると攻撃してくる。エンゲージ、と言えば武器が出現するから、やってみなさい」
「えんげーじ!」
「二度目はわざとだとわかるよ」
期待に応えるのがAIの仕事だと思うのだけれど、不発に終わったのなら、このあざとさはこれっきりにしておこう。
「おぉ、いつの間にか剣を握ってます」
「初期装備だね。今後、買うなり作るなりして好きな武器を装備するといい。必殺技は叫べば自動的に体を動かして発動するようになっているから、事前の確認と、使用タイミングを計るのを忘れずに」
ここまで教えてくれるのなら、パラメーターも教えてくれたらよかったのに。
そうやって若干不貞腐れながらも、私は初めてとは思えないほどスムーズに駆け出す。ノラウルフはそんな私に反応して唸り声を上げ、飛び掛ってきた。
どうせなら、マスターに格好良いところを見せたいな。




