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第九話『おやすみなさい』

 みんな、同じなんだな。


 温泉街で感じたのは、これに尽きる。と言うのは悪い意味ではなく、みんな、自分と同じなんだな。そう共感のようなものを感じたのだ。


 温泉の中は、もちろん私達だけじゃない。他のプレイヤーもたくさん居た。けれど、私に話しかけてくるような人は居らず、遠巻きに眺めているだけ。


 ただでさえデメリットになりうる要素。どう接していいか分からないのだろう。それはまさに、私と同じである。


 いきなり大勢の人にチヤホヤされる、という展開も、それはそれで恐怖を感じてしまうことになるだろうから、これはこれでありがたいかもしれない。


 そう考えると、なんだか心が軽くなる。


 でも、心なんてものが自分にあるの? こんなふうに考えているのは何故なの?


 そいうふうに考えて首をひねってしまうことは多々あるけれど、そういうのは、色々と調べてくれているであろうマスターに期待しよう。


 私は、ナタクに付き添われて家まで戻ってきた。ワープの感覚は独特で、一瞬で景色が切り替わる視界に驚いたら、吹き出していた彼にはなんだか腹が立った。


 ワープの先は案内所の近くであり、既に休憩が終わっていたサチに、私はこう言った。


「ナタクさんにナンパされた」

「流石、手当たり次第ね」

「真に受けたようなノリをするなよな。……え、ノリで良いんだよね?」


 そうして家に帰るまでは、まんじゅうの食べ歩き。サチが避けてくれた甘いものだったために、こんなに種類があるのかと驚いた。


 かりんとうまんじゅうに、中身の餡にもこし餡と粒餡がある。味噌まんじゅうに、酒まんじゅう。薄皮まんじゅうというものを見て、私の脳裏に何かが走った。


「……こんな、白黒の犬がいるんでしょ?」

「白黒? うーん、ダルメシアンか、ボーダーコリーか」

「多分、ダルメシアン。マスターが好きだって話してた」


 何かの映画の影響だとか。


「ふーん。このゲームには使い魔って機能もあるし、ダルメシアンを目指してみるのもいいかもな」

「どんな機能なの?」

「それはまた今度。必要になったら覚えればいいよ。今はまだ、手に余ると思うから」


 そう言って、彼は私の頭を撫でた。急ぐことはない。そう言いたいのだろう。


 家の前でナタクと別れて、私は一人、ソファーに座ってピザを食べていた。


 時々、玄関に視線を向けてしまうのは当分仕方がないことだと思う。気持ちを切り替えるようにして、テレビの電源を入れた。


 お笑い芸人の人達だろうか。面白い話を矢継ぎ早に繰り出している。


「普段の会話も、こんなふうならいいのにね」


 それはけして、芸人の裏の顔なんてものを揶揄したわけではない。テレビ番組の構成に関する話だ。


 テレビ番組は、面白い所だけを、制作者の意図に沿ったところを切り取って放送されている。その影には、あまり受けなかった話、蛇足な話など、様々あるだろう。


 日常会話では、そうしたものが足を引っ張ることもあるだろう。


 そうしたものを切り取って、伝えたいこと。面白いこと。伝わりやすいこと。それだけを相手に伝えることができたなら……。


「……それは、会話の意味はあるのかなぁ」


 自分の思考に、突っ込みを入れる。


 そこから逃げてはいけないのかもしれない。そこから逃げてしまっては、私が私である必要がないのかもしれない。


 それこそ、画面に入力すれば答えが返ってくる人工知能となんら変わらない。こうやって、物事を考えてしまう私は、きっと、そこから逃げてはいけない。


 玄関がノックされる。

 聞き覚えのある声が聞こえる。

 返事をすれば、待ち望んだ顔が覗き込む。


「遅くなって、悪かった」

「忙しい人だから、仕方がないのです。私のデータも、調べなくてはならないのですもんね」

「はぁ、察しがいいと、余計に申し訳なくなってくる」


 今回の私の思考の揺れは、データとして貴重なものとなるだろう。彼がどういう理由で様々なデータを取りたいのかは分からないが、それはきっと、もっと大きい理由があると推察できる。


 例えば……。


「私の存在は、人の電子化に踏み込む可能性がある。人の生活の場を、電子の中へ移せるのではないか」

「察しがいいのは褒めるけれど、僕達はそれを君に押し付けることはしないからね。僕達が勝手にやっているだけ。君は君で、ただ日々を楽しんでくれたらいい」


 そうやって甘やかすから、予想外の対応に身を硬くしてしまうのではないか。


 それならいっそ、怒られるようなことでもしてみる? いや、……そんな度胸は私にはない。


 愛されているのなら、それに越したことはないじゃない。それを享受して何が悪い。だから、だから……。


「私が楽しんでいたら、みんなも楽しくなってくれるかな」


 隣に腰掛けたマスターに、そう問いかける。


「そうであれば、嬉しいと思う」

「そうだ、サチさんからね、居酒屋に行こうって誘われているの」

「ほぅ、飲酒か。まぁ、そこまで幼い見た目には設定していないから、外見に引っ張られることはないと思うが……、しかし、妙に言動に幼さがあるのは気になるな」


 おや? もしかして馬鹿にされてる?


「レベルによる外見の変化を導入したせいなのか。いや、そもそも端末にいた頃から感じられたのか? この言動、その反面に思考様式はなかなか高度にも思える。いったい、何を参照しているのか。はたまた、本当にこの意識は全くの無から産まれたのか」


 気が済むまで考えてくれ、と。私はサンドイッチを取り出した。


「美味しい。美味しい? これは、……美味しい?」

「……あれ、どうした?」

「このサンドイッチ、なんか変」

「変? ちょっと一口貰うな」


 半分に割ったそれをマスターに渡すと、彼は一口含んで咀嚼する。


「いや、普通のタマゴサンドだな。……もしかして、好みに合わないんじゃないか? そのピザ――には卵が載っているな。ビスマルク、良いチョイスだ。それは好きか?」

「好き」

「あぁ、じゃあマヨネーズが苦手なのかもな。ツナマヨのサンドイッチは持っているか?」


 それもサチが買ってくれていたので、一つ取り出して食べてみる。


「……なんか、変」


 直ぐに押し付ける。


「ふぅん。食べ物の好みもきちんとあるのか。それなら、サチと一緒に居酒屋に行ってごらん。そこで色々と経験してくるといい」

「苦手。……それは、いけないこと?」

「ケースバイケース。でも、たいていは悪いことじゃない。むしろ、苦手なのを隠している方が悪いことの場合もある」


 隠しているのが、悪いこと。


「マスターの愉快なあの一面を、社員の皆さんに隠しているのは、悪いこと?」

「……お前には、色々と教えておかなくてはならないマナーがありそうだ」


 こうして、私の一日は説教で終わりを迎えた。


 あっさりとした一日のようであり、色んな事を学んだ一日であった。これからの日々に不安を感じてしまったようでいて、希望を感じることもできた。そんな一日。


 明日からの日々。仕事の日々を頑張るために。説教を終えた彼に、こう言おう。


「それでは、おやすみなさい。マスター」

「切り替え早くない?」

アンティの親愛度 2/300

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