僕は犬なので、わんと鳴いた。
僕の名前はロコである。人権はまだない。
どこで生まれたのかてんで分からない。気づいた時にはみすぼらしい恰好で檻の中にいた。最後に覚えていることといえば、武器を持っている強面の人に追い掛け回されて、殴られて、気絶したであろうことだけだ。その衝撃からか、前世っぽい誰かの記憶を思い出したものの、檻の中にいてはできることなんて一つもない。周りの人が話す言葉が分からない中で、やせ細り、衰弱しきった自分は、商品としての価値を失ったようで、どっかの山の道端に捨てられた。朦朧とする意識の中で、なにか暖かいものが体に触れて、体の芯があったまったと思ったら…
「わん?」
なんか、驚いた表情の、凄く偉そうな恰好の人と目が合った。のちにご主人様となる人との出会いである。
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ご主人様は、恭しく世話を焼いてくれた。どう考えても未発達の文明(トイレがない!)なのに、わざわざお湯を炊いたうえで風呂に入れてくれたり、食事も、檻の中にいたときは極めて貧相な味も内容物も栄養価もないであろう粥もどきだったのに対して、肉の混じったお粥に大幅ランクアップ。服も、なんか絹っぽい(本物は触ったことがないので分からない)、明らかに高級であるとわかる服が用意されていた。
この人は不思議な人で、常に忙しそうにしているのに、僕にかまうことを止めない。事あるごとに撫でたり、抱きしめたり、こっちを見つめては、ニコニコと笑っている。寝る時ですら一緒である始末。少しでも嫌がるそぶりを見せると捨て猫のような表情をするから、どうしても断れず、いつもされるがままに愛されている。
そんな人を僕がご主人様と呼ぶのは、拾ってくれたからだ。
この世界、獣人に人権は存在しない。ご主人様以外の人からは、ふつうのペットと同じように扱われている。前世の記憶を思い出す前の自分は二足歩行するだけの野犬としての日々を過ごしていたし、同族と合っても、ただの獣として、縄張り争いに明け暮れる毎日だった。そんな自分に対して、人間のような服を着せたうえで、家族の一員として、ペットというには過剰なほどの愛情を注ぐこの人は、明らかに変態である。
そんな人だからこそ、今の自分は生きることができている。
もし、拾ってもらえなければ。きっと自分はそのまま、生まれてきた意味を悟ることなく死んでいただろう。だから、たとえ前世の記憶があるとしても、犬として生まれた自分は、この人のことをご主人様と、内心では呼ぶことにした。言葉が通じずとも、伝わることはある。
自分は、確かに愛されている。
それだけ分かっていれば、案外、犬として生きるのも悪くないのである。だから今日も、自分は鳴く。
「わん!」と。




