第八話 最強コンビ
僕が占い師としての活動をして一週間。
僕たちのコンビは、意外なほどスムーズに機能した。
僕がダークミラーとタロットで視た断片的なビジョンを、獅童が卓越した話術で意味のある物語へと再構成し、客の心に届ける。
僕たちのブースはちょっとした評判になっていた。
特に、若い客層……僕たちと同年代の高校生たちが、頻繁に訪れるようになった。
その日、僕たちのブースにやってきたのも、三人組の女子高生だった。
彼女たちは、明らかに獅童のファンらしく、キャッキャとはしゃいでいる。
「獅童さん、マジかっこいい!」
「ねー! 占ってください!」
「おう、任せとけ。で、どっちが占う? 俺か、それともそっちの……」
「ガチで視えるっていう、祐介くんがいい!」
「私も!」
意外な言葉に、僕は少し面食らった。
獅童が目当てだとばかり思っていたのだけど。
「んだよ。俺より祐介の方が人気じゃねえか。しかし残念だったな、こいつの一番のファンはこの俺だお前らじゃねえぞ?」
「あはは獅童さんも祐介くん大好きじゃん!」
「獅童さんの話術もすごいけど、祐介くんの、ボソッと言う一言がマジで当たるって、友達の間で評判なんだよ!」
どうやら、口コミで僕の霊視の評判が広まっているらしい。
気恥ずかしさを感じながらも、悪い気はしなかった。
「それで、お悩みは?」
僕が尋ねると、一人の女子高生が、恋愛相談を始めた。
いつものように鑑定を進めていると、ふと、別の女子高生が獅童に質問を投げかけた。
「獅童さんって、霊とか信じてる人なんですか? なんか、そういうの信じなさそうなのに」
その言葉に、獅童は笑った。
「良い質問だな。俺にとって占いは知識であり技術なわけよ。占いはテキトーな迷信じゃねえ。古代から脈々と続いて来た知識の集大成。いわゆる統計学だな」
「統計学?」
「ああ。血液占いや星座占いだって大まかな傾向をさぐるには馬鹿にできねぇんだぜ。
この世の森羅万象を陰陽五行に分類して運命を読み解く算命学、星の配置で見る占星術。易学、手相占い、風水とかな。
全部、膨大なデータに基づいた先人の知恵だ」
獅童は、立て板に水で語る。彼の言葉には、人を惹きつける不思議な力があった。
「一方、こいつは頭でっかちのがり勉な俺と違って、ガチで霊が視える」
急に話を振られて、僕は慌てて首を振った。
というかお前、がり勉って感じじゃないでしょ。
「み、視えるのは霊だけで、未来や遠くが視えるってわけじゃないけど……」
「それでもすげえって。霊感もちに偽物が多い中、ガチだからな。こいつの目と俺の知識……このコンビは最強なんだぜ」
獅童が自信満々に胸を張る。
その堂々とした姿が、少し眩しかった。
僕の鑑定と獅童のトークに、女子高生たちは大満足で帰っていった。
「……なんか、僕たち、本当に占い師コンビみたいだね」
「みたい、じゃねえよ。本物だよ」
獅童が笑う。
その時、先程の女子高生の一人が、ブースに戻ってきた。
何か忘れ物でもしたのだろうか。
「あの……すみません」
彼女は、少し言い淀んでいるようだった。
「どうした?」
「あの、友達のことで、相談があるんですけど……」
その表情は、先程までの明るいものとは打って変わって、暗く曇っている。
「友達が、すごく困ってるんです。家に、何かいるみたいで……。それで、色々な霊能者の人に相談したらしいんですけど、どこも話も聞いてくれずに断られるって……」
「断られる?」
獅童が眉をひそめる。
「はい。「一ノ瀬」っていう名前を出しただけで、門前払いされちゃうらしくて……」
――一ノ瀬。
その苗字を聞いた瞬間、僕の心臓がどきりと音を立てて跳ねた。
スピリチュアルフェスタで、スピの介の毒牙にかかりそうになっていた、あの少女。
一ノ瀬恵。
どうして、彼女が? 霊能者たちに門前払いされる?
いや、理由は分かっていた。
僕の脳裏に、獅童の言葉が蘇る。
『――スピの介の野郎が向かったのは、俺が用意した偽の住所だ。……筋モンさんのご自宅だよ』
あの時、スピの介は一ノ瀬恵からの依頼だと思い込んで、ヤクザの事務所に乗り込んでしまったという。
結果、彼はひどい目にあったのだろう。
そして、スピの介は彼女からの連絡を拒絶した。
そのトラブルの元凶である「一ノ瀬恵」という名前は、おそらく、東京霊智協会をはじめとする、この業界のブラックリストに登録されてしまったのだ。
彼女は、業界全体から、見捨てられてしまったんだ。
――僕たちの、せいで。
僕がスピの介に反論しなければ。獅童があんな無茶な計画を実行しなければ。
彼女がこんな仕打ちを受けることはなかったはずだ。
罪悪感が胸の中に広がっていく。
「……祐介、勘違いすんな。悪いのはあのスピの介って詐欺師だ。お前じゃねえ」
黙り込んだ僕に対して獅童が言う。
僕の表情から、全てを察したのだろう。
女子高生は、不安そうな顔で僕たちを見ている。
「……その子、本当に困ってるんです。どうか、助けてあげられませんか?」
……。
考え込むまでも無い。もとよりそのつもりだった。
僕は、顔を上げた。
「……僕の責任でもあります」
「え?」
「その人……一ノ瀬さんを、ここに連れてきてください。僕たちが、必ず話を聞きます」
僕のはっきりとした口調に、女子高生も、そして隣の獅童も少しだけ目を見開いた。
獅童は、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべると、僕の言葉に頷いた。
「ああ。連れてきてくれ。俺たちが引き受ける。俺達最強コンビがな」
◇
翌日の放課後。
約束通り、例の女子高生は、一人の少女を連れて瑠璃宮にやってきた。
それは確かに一ノ瀬恵さんだった。
彼女は、僕の顔を見るなり、深々と頭を下げた。
「あのっ……! この間は、本当にごめんなさい!
私があのフェスで、その……っ、私のせいで」
「いや、顔を上げて。君が謝ることじゃないよ」
僕が慌てて言うと、彼女は恐る恐る顔を上げた。
その瞳は、潤んでいる。
「でも……」
「君も被害者だ。それに、僕がやったことは、僕がやりたくてやったことだから」
僕の言葉に、彼女は少しだけ、驚いたような顔をした。
僕たちはブースに移動し、改めて彼女と向き合う。
「誰も……誰も、助けてくれないんです」
一ノ瀬さんは、絞り出すように語り始めた。
その声は、か細く震えている。
「家にいると、ずっと誰かに見られているような気がして……。
誰もいない部屋から物音が聞こえたり、誰も触っていないのに、物が落ちたり、動いたり……。
夜も、毎晩のように、黒い人影に追いかけられる悪夢を見るんです」
彼女の顔は、青ざめていた。
深刻な睡眠不足と、精神的なストレス。それは、誰の目にも明らかだった。
「体調も、ずっと悪くて……。頭が痛かったり、急に吐き気がしたり……。もう、どうしたらいいのか……」
彼女の目から、大粒の涙が零れ落ちた。
業界から見放され、誰にも頼れず、たった一人で得体の知れない恐怖と戦ってきたのだ。
その孤独と絶望は、想像に難くない。
その時だった。
黙って話を聞いていた獅童が、すっと立ち上がり、彼女の隣に膝をついた。
そして、テーブルの上で固く握りしめられていた彼女の冷たい手を、その大きな両手で、優しく包み込んだ。
「任せてください」
静かだが、揺るぎない声だった。
一ノ瀬さんが、はっとしたように獅童を見る。
獅童は、彼女の手を包んだまま、僕の方へと導いた。
そして、僕の手に、彼女の手をそっと重ねさせる。
驚くほど冷たい、彼女の手の震えが、僕の掌に伝わってきた。
「俺達が、助けます」
獅童は、一ノ瀬さんの瞳をまっすぐに見つめて、言った。
「特にこいつが。こいつの霊視は――本物だ。決して、手に負えないからと見捨てたりしねぇよ」




