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サイキックシンジケート――視えない詐欺師と視える僕の心霊業界下剋上――  作者: 十凪高志


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第六話 光と闇

「さて、それじゃあ早速、祐介の霊感占い師デビューに向けた特訓を始めようか」


 瑠璃宮艶華の鶴の一声で、僕の占い師修行が始まった。

 場所は『占いの館 瑠璃宮』のスタッフルームだ。

 営業時間が終わった後の、静まり返った館内。どこか荘厳ささえ漂う空気の中で、僕と獅童、そして艶華さんと、もう一人。僕の目の前には、人の良さそうなおじさんが座っていた。


「紹介するわ。うちの稼ぎ頭の一人、大山忠義先生よ。タロット占いの専門家。あんたの先生になってもらう」

「大山です。よろしくおねがいしますね、八坂くん」


 柔和な笑みを浮かべ、大山先生は頭を下げた。歳は五十代くらいだろうか。

 白髪混じりの髪を綺麗に整え、落ち着いた色合いのジャケットを羽織っている。その物腰は柔らかく、いかにも「先生」と呼ばれるにふさわしい風格があった。


「は、はじめまして! 八坂祐介です! よろしくお願いします!」


 僕は慌てて立ち上がり、深々と頭を下げる。そんな僕の様子を見て、大山先生は「まあまあ、楽にして」と穏やかに笑った。


「草薙くんからも君の話は聞いているよ。なんでも、カードを通して視えるものがあるんだって?」

「あ、はい……その、共感覚、っていうものらしくて……」

「ふむ、素晴らしい才能だ。

 でもね、祐介くん。どんな才能も、基礎がなければただの独りよがりになってしまう。

 まずはタロットカードがどういうものなのか、その基本を学んでいこう」


 大山先生はそう言うと、ひとつの箱を取り出した。シュリンクに包まれたそれは、マルセイユ版と呼ばれるタロットカードだった。


「タロットカードには大きく分けて二種類。

 大アルカナと呼ばれる二十二枚の絵札と、小アルカナと呼ばれる五十六枚の数札がある。

 本来なら七十八枚全てを使いこなせるのが理想だけど、最初から全部を覚えるのは大変だ。

 だからまずは、物語の骨子となる大アルカナ二十二枚。これの基本的な意味だけを頭に入れよう」


 大山先生は、新品りそれとは別の、使い古した自分のタロットカードを一枚一枚カードをめくりながら、そこに描かれた絵の意味を解説してくれた。

 愚者、魔術師、女教皇……。それぞれのカードが持つ、ポジティブな意味とネガティブな意味。正位置と逆位置での解釈の違い。


「大事なのは、カードの意味を丸暗記することじゃない。

 カードに描かれた絵柄から、君自身が何を感じ取るかだ。例えばこの『恋人』のカード。

 一般的には恋愛や選択を意味するけど、君にはどう見えるかな?」


 示されたカードには、男女とその頭上で祝福を与える天使が描かれている。


「ええと……選択、ですかね。男の人が、二人の女性の間で迷っているように見えます」

「うん、いいね。正解なんてないんだ。君がそう感じたのなら、それが君にとってのカードの意味になる。

 占いは、占い師と相談者の共同作業。カードを媒介にして、相談者自身の心の中にある答えを一緒に探していく旅のようなものだからね」


 大山先生の教えは、とても分かりやすかった。霊視だとか、共感覚だとか、そういう特別な力とは一切関係のない、タロット占いの本質。

 それは、目の前の相手に真摯に向き合うための、コミュニケーションの技術だった。


「占い師はね、カウンセラーに近いのかもしれない。ただ、僕らが違うのは、カードという『偶然』の力を借りることだ。偶然は、時に人の心の壁をあっさりと壊してくれる。思いもよらなかった視点を与えてくれるんだよ」


 それから数日間、僕は営業が終わった後の瑠璃宮で、大山先生からタロットの基礎をみっちりと叩き込まれた。

 最初は覚えることの多さに頭がパンクしそうだったけど、獅童が隣で茶化しながらも付き合ってくれたおかげで、なんとか投げ出さずに済んだ。


「よし、それじゃあ、そろそろ実践といこうか」


 大山さんの言葉に、僕はぎょっとする。


「じ、実践って……誰を占うんですか?」

「決まってるだろう?」


 大山さんの視線の先には、面白そうに腕を組んでいる獅童がいた。


「俺かよ。まあ、いいぜ。祐介のお手並み拝見といこうじゃねえか」

「そ、そんな、いきなり……!」

「いいからやってみよう。彼以上に君の力を信じてる客はいないでしょ」


 大山さんに促され、僕は震える手でマルセイユ・タロットをシャッフルする。

 小さなテーブルを挟んで、獅童が向かい側に座る。彼の表情はいつも通り、余裕綽々といった風だ。


「占ってほしいこと、か。そうだな……俺の今後の事業運でも占ってくれよ。この霊能者ビジネスが成功するかどうか、な」

「……分かった」


 僕は頷き、目を閉じて意識を集中させる。カードの冷たい感触が、指先から伝わってくる。獅童の思考、彼の想いが、このカードに流れ込んでくるイメージ。

 ゆっくりとカードを三枚、横に並べる。過去、現在、未来を示す、最もシンプルなスプレッドだ。

 一枚目、過去を示すカードを、僕はゆっくりと表に返した。


「『皇帝』……」


 玉座に座る威厳ある王の姿。安定、支配、父性、権力。カードが持つ意味が頭をよぎる。だが、それだけではなかった。

 カードに触れた指先から、奔流のようにビジョンが流れ込んでくる。

 広々としたリビング。優しそうな父親と、穏やかな母親。幼い獅童が、二人に囲まれて幸せそうに笑っている。満ち足りた、完璧な家族の姿。それが『皇帝』のカードが示す、彼の過去。


「……安定した、恵まれた家庭だったんだね。お父さんが、すごく……権威のある人だった、とか?」


 僕がおずおずと告げると、獅童は少しだけ目を見開いた。


「……へえ。まあ、当たりだな。親父は小さな会社だったが、社長をやってた」


 彼の肯定に少しだけ自信を得て、僕は二枚目、現在を示すカードをめくる。

 描かれていたのは、『力』のカード。女性が、獰猛な獅子の口を素手でこじ開けている。理性、自制、内なる強さ。


「今は……何か、大きな力と向き合ってる。それを、自分の力でコントロールしようとしてる……。すごく、強い意志を感じる」


 獅童は何も言わず、ただ静かに僕を見つめている。その瞳の奥の色が、少しだけ深くなった気がした。

 そして、最後の一枚。未来を示すカード。

 僕はごくりと唾を飲み込み、そのカードをゆっくりと表に返した。


 雷に打たれ、崩れ落ちる塔。王冠をかぶった二人の人間が、塔から真っ逆さまに落ちていく。


『塔』。


 カタストロフ。崩壊。破滅。予期せぬ災厄。

 その絵柄を見た瞬間、僕の頭を凄まじい衝撃が襲った。


 ―――ビジョンが、閃く。


 幸せだったはずの家族。そこに、影が差す。白いスーツとコートに身を包んだ、底光りするような目をした男。両親が、その男に心酔していく。まるで何かに取り憑かれたように、財産を差し出し、会社を譲り渡し、全てを捧げていく。

『皇帝』が築き上げたものが、音を立てて崩れていく。

 そして、絶望した両親の姿。「あの子のために」「この因縁を断ち切るには、これしか……」そんな声が聞こえる。


 最後に見たのは、全てを失い、がらんどうになった家の中で、たった一人立ち尽くす幼い獅童の姿。その小さな拳は固く握りしめられ、瞳には、絶望と……燃え盛るような、昏い憎悪の炎が宿っていた。


「……っ!」


 僕は思わずカードから手を離した。息が荒くなる。心臓が、まるで自分の体ではないかのように激しく脈打っていた。


「おい、祐介、どうした?」


 獅童の声が、遠くに聞こえる。

 僕の目には、涙が滲んでいた。カードを通して視た、彼の絶望と孤独が自分のことのように胸に突き刺さる。


「……搾取……破滅……そして……」


 僕は、目の前の獅童を見つめた。

 いつも浮かべている不敵な笑みは、今はどこにもない。ただ静かに、僕の言葉を待っている。


「獅童……君は、復讐を……」


 僕の掠れた声が、静かなバックヤードに響く。


 沈黙が落ちる。固唾を飲んで見守っていた艶華さんと大山さんの息遣いだけが聞こえた。

 やがて、獅童の口元がゆっくりと弧を描いた


「……すげえな、お前。正解だ」



 ◇


 その夜、僕と獅童は、占いの館が入っている雑居ビルの屋上にいた。

 金網のフェンスの向こうには、眠らない街、新宿の夜景が広がっている。無数のネオンが煌めき、地上を行き交う車のヘッドライトが、光の川となって流れていく。

 獅童はフェンスに寄りかかり、黙ってその光景を見下ろしていた。


「驚いたか?」


 静寂を破ったのは、獅童だった。


「……まあね」


 僕は正直に答える。驚いた、という言葉だけでは足りない。衝撃、と言った方が近かった。


「……お金とか、有名になるとか言ってたけど。本当の目的はそれだったんだな」

「ああ」


 獅童は短く肯定し、深く煙を吸い込んだ。


「俺の親父は、小さな貿易会社の社長だった。

 お前が視た通り、特別裕福ってわけじゃなかったが何不自由ない暮らしだったよ。

 オフクロも優しい人でな。俺は

 自分が世界一幸せなガキだと思ってた」


 淡々と語る彼の横顔を、僕は黙って見ていた。


「だが、ある時親父の会社が傾いた。

 海外の取引でデカい詐欺にあったんだ。多額の負債を抱え会社は倒産寸前。親父は酒に溺れ、オフクロは毎日泣いてた。

 そんな時だ。一人の霊能者と出会ったのは」


 その霊能者は、獅童の両親の相談に乗り、的確な助言を与え、祈祷で状況を好転させたのだという。傾きかけた会社は、奇跡的に持ち直した。


「親父もオフクロも、その霊能者を先生と崇め、完全に心酔しきっちまった。それからだよ。全てが狂い始めたのは。

 先生の言うことなら、何でも聞いた。家運が上がるからと高価な壺を買わされ、先祖の因縁を浄化するとか言って、多額の寄付をした。そして、ついには会社の経営権まで譲り渡したんだ。

 先生に経営をお任せすれば、会社はもっと大きくなる……ってな」


 それは、救いではない。依存であり、搾取だ。僕がカードから視たビジョンそのものだった。


「そして、全てを吸い尽くされた後、用済みになった両親に、先生はこう言ったらしい。

「あなたたち一家には、凶悪な霊が憑りついている。その因縁を完全に断ち切るには、あなたたちが自ら因縁を、業を絶つしかない。全ては、愛する息子のために。息子さんが、霊障に苦しめられないように」ってな」


 獅童は、ふっと自嘲的な笑みを浮かべた。


「いい話だろ? 愛する息子の未来のために、両親が自ら死を選ぶ。感動的な自己犠牲の物語だ。

 もちろん、唆して自殺に追い込んだ証拠なんて一切残っちゃいない。

 警察は事業の失敗を苦にした夫婦の心中として処理した。

 被害者はいない。誰も、何も、疑わなかった」


 彼の声には、感情が乗っていなかった。それが逆に、彼の心の奥底に渦巻く憎しみの深さを物語っているようだった。


「そいつは、俺の両親のことなんてもう覚えちゃいないだろうさ。

 そうやって、今まで何人もの人間を食い物にして私腹を肥やしてきたんだからな。

 だがな、祐介。

 やった方は忘れても、やられた方は決して忘れねえんだよ」


 獅童は夜景に背を向け、僕の方に向き直る。その瞳が、夜の闇よりも深く昏い光を宿していた。


「奴の名は、枢天城。東京霊智協会の頂点に君臨する男だ」


 枢天城。

 その名前を聞いて、僕は息を呑んだ。

 獅童の復讐の相手は、僕たちが倒すべき敵の、まさにトップだったのだ。


「がっかりしたか? 俺の動機が、こんな個人的な復讐心でさ。

 正義のためでも、世のため人のためでもない。ただの私怨だ。だが、これが俺だ」


 僕は、何と答えていいか分からなかった。彼の背負ってきたものの重さに、言葉を失っていた。

 そんな僕を見て、獅童はフッと笑った。


「そして、だからこそ、お前が必要なんだよ、祐介」

「僕が……?」

「ああ。復讐の道は、闇の道だ。

 私怨と恨み、怒り、憎しみだけで復讐を果たそうとしたら俺は間違いなく闇に落ちる。

 それは、奴らと同じになるってことだ。破滅の道だよ」


 獅童は、僕の目をまっすぐに見据えた。


「だが、そこでお前だ。

 あのスピリチュアルフェスタで……あの中でただ一人、義憤で立ち上がったお前は、光なんだよ」

「光……」

「そうだ。そのお前の穢れのない、青臭くて恥ずかしいまでのまっすぐな正の魂があれば、俺は闇に落ちずに済む。

 俺が私怨で道を踏み外しそうになったら、お前が止めてくれる。そして、万が一お前が奴らの闇に呑まれそうになったら、今度は闇にいる俺が、お前を蹴り飛ばして光の世界に叩き返してやる」


 しらふでは決して言えないし聞けそうにない言葉だった。だけどそんな彼の言葉が、僕の胸に熱い塊となって落ちてくる。

 彼は、僕の弱さも、脆さも、全部知った上でそれでも僕を必要だと言ってくれている。


「俺とお前は、陰と陽だ。光と闇だ。

 一人じゃ不完全な俺たちが組めば、最強のパートナーになれる。俺はそう信じてる」


 僕は、目の前の彼の顔を、改めて見つめた。

 詐欺師みたいな、嘘つきで、何を考えているか分からない男。

 だけど、彼の瞳の奥にあるのは、紛れもない本心だった。

 彼は、復讐という重い宿命を背負いながら、それでも光を求めている。そして、その光を、僕の中に見出してくれた。


 だったら、僕の答えは、もう決まっている。


「……分かったよ、獅童」


 僕は、固く拳を握りしめた。


「君の目になる。君が復讐を遂げる、その日まで。

 いや、その先もずっと……君の隣で僕は戦う」


 僕の言葉に、獅童は一瞬、虚を突かれたような顔をした。そして、次の瞬間、心の底から嬉しそうに、破顔した。


「ああ。頼んだぜ、相棒」


 差し出された拳に、僕は自分の拳を強く突き当てる。

 眼下に広がる偽りの光に満ちたこの街で、僕たちの本当の戦いが今、始まろうとしていた。


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