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サイキックシンジケート――視えない詐欺師と視える僕の心霊業界下剋上――  作者: 十凪高志


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第五話 タロットカードとスクライング

「タロットカードとスクライング?」


 獅童が提示した二つの占術の名を、僕はオウム返しに繰り返した。どちらも名前くらいは聞いたことがあるが、具体的にどんなものかは知らない。


「そう。霊感占いの代表格だ。他にもチャネリングなんてのもあるが、あれはお前には……向いてるけど、向いてないな」

「どっちなんだよ。それに、向いてるけど向いてないって、どういうこと?」


 獅童の矛盾した物言いに、僕は眉をひそめる。彼は僕の疑問を楽しんでいるかのように、ニヤリと笑った。


「だってお前が視えるのは、あくまでもその人や物に付着した想いの残滓だろ。残留思念ってやつだ。たぶん、そんな感じだろ?」

「まあ……そう、だけど」


 僕が頷くと、獅童は満足げに続けた。


「そもそもお前の霊感……その正体である『共感覚』は、感覚の混線だ。

 視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚といった五感によって得た情報。それらが脳で処理され、再生されるときに、本来とは別の感覚が並行的に引き起こされる現象。それが共感覚の本質だ」

「音に形が見えるとか、文字に色が見えるとか、だっけ」


 以前、テレビの特集で見た知識を思い出しながら言うと、獅童は指を鳴らした。


「ああ、その通り。実に多様多岐にわたる上に、あくまでも主観的な体験だから、研究もなかなか進んでいないらしい。

 中には、日付や曜日が空間的な配置として感じられる……なんていう、聞いただけじゃどんな感覚なのかさっぱり分からねえのもある。

 最近じゃ、VR技術を使って共感覚を疑似的に体験させる試みもあるらしいな。そこから訓練して、後天的に共感覚を習得させるって研究も進められてるようだが……まあ、閑話休題ってやつだ」

「VRか……たしかに僕も体験したことあるけど、心霊体験のホラーVRとか、すごくリアルだったな」


 僕が何気なく相槌を打つと、獅童は面白そうに目を細めた。


「さて、ここからが本題だ。共感覚の引き金となる感覚……つまり、情報として入力される感覚が、別の感覚を伴って出力されるわけだが。

 その入力情報は、俺たちが普段、意識的に感じている感覚だけじゃない」

「どういうこと?」

「意識のスクリーンに上ってこない情報ってこった。うーん、例えばだな……漫画なんかでよくある、むっ、殺気!とか、視線を感じる……見ているなッ! とか、なんだか嫌な予感がする……だの、あるだろ? あれは一体何だと思う?

 はい、師匠、答えて」


 獅童は芝居がかった仕草で、黙って話を聞いていた艶華に水を向けた。艶華は指に挟んだタバコの紫煙をゆっくりと吐き出し、細められた瞳で僕たちを見据えた。


「霊感、直観、第六感……。まあ、オカルトの世界ではそう呼ぶわね。

 だけど、それらの正体も、結局は五感で得ている微細な情報よ。あまりに弱く、小さく、断片的だから、意識の上にまで現れてこないだけ。可聴領域外の音や、皮膚が感じる気圧の僅かな変化、そういうものの積み重ね」

「そっす、流石っすね師匠。その通り。

 そういった非顕在的な情報も、人間はちゃんと身体で感じ取っている。脳が全ての情報を処理し始めたら、あっという間にオーバーヒートしてぶっ壊れるから、普段はフィルターにかけてるだけじゃないか、ってのが有力な説だ。

 だが、共感覚の保持者はその情報を、無意識のうちに処理してしまう。こんな話があるぜ。

 死を見る能力者の話だ」

「死を……見る?」


 不吉な響きに、僕は思わず息を呑んだ。


「そいつはな、人間や動物の「死」が視えたんだと。

 もうすぐ死ぬであろう人間や動物に、黒いモヤのような影がまとわりついているのが見えた。

 そして、その影が視えた相手は、数日から数ヶ月のうちに、必ず死んだらしい。

 最初はそれが何なのか、本人にも、医者や科学者にも分からなかった。だけどある時、そいつは気づいたんだ。

 街角に捨てられたゴミ袋が、真っ黒な影に覆われていることに。それが何だったと思う?」

「さあ……」

「生ゴミだよ」

「え……?」

「そいつは、とある匂いに色がついて視える共感覚者だったのさ。

 細胞が壊死する時に発する腐臭。普通の人間の嗅覚では到底捉えられない、その幽かな匂いを、そいつは黒い影として視覚で捉えていたんだ」

「腐臭……」

「ああ。そりゃ、腐りかけの生ゴミが真っ黒に見えるわけだ。

 そして、生きてる人間だって、内臓が壊死を始めればいずれ死ぬ。

 そいつは、病によって死に向かう人間の身体から発せられる、死の匂いを嗅ぎ取っていた。本来なら嗅覚情報として出力されないはずのそれを、共感覚によって視覚情報として出力していたってわけだ。

 その力で、結構な数の人間を助けたらしいぜ」

「助けた……?」

「ああ。内臓の壊死が原因の死なら、手遅れになる前にその臓器を摘出したり、移植したりすれば助かる可能性がある。

 早期発見できれば、一部を切除するだけで済む場合もある。

 分かるか? 祐介。

 共感覚は、欠点じゃない。病気でもない。使い方次第で、人助けにも使える強力な武器なんだ。もちろん、お前の力もな」

「僕の力で……人を、助けられる……」


 胸の奥が、じわりと熱くなった。

 今まで忌み嫌ってきたこの力が、誰かの役に立つかもしれない。その可能性は、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のように思えた。


「そのためにも、お前はお前の共感覚について、もっと深く調べて、勉強する必要がある。そして、それには実戦を積むのが一番だ。そこで、霊感占いってわけよ」

「でも、勉強って言っても、何をどうすれば……」

「まず、お前が視ている共感覚、その人の念や想いの正体が何なのかを考える。

 これはあくまでも科学で証明されてない仮説だが……その答えは、電磁波だ」

「電磁波?」

「そうだ。そもそも、人間の思考や感情ってのは、脳内で発生する電気信号によって生まれる。

 脳内の神経細胞を駆け巡る、微弱な電気パルスだ。そして、思考や記憶といった『情報』は、物体に焼き付くことが確認されている。例えば、これだ」


 獅童はそう言って、自分のスマートフォンからSDカードを取り出して見せた。


「SDカードやUSBメモリといった記録媒体。もっと古くはカセットテープやビデオテープもそうだな。

 これらは磁気を利用して情報を記録する。詳しいメカニズムは俺も専門家じゃねえから分からんが、現にこうして、膨大な情報がこの小さなチップに記録されているわけだ」


 艶華が、ふう、と再び紫煙を吐き出しながら補足する。


「土地や場所に記憶された残留思念、なんて話もよくあるわね。

 特定の場所で同じ怪奇現象が繰り返し起こるのは、過去の強烈な感情や出来事が、その場の磁場に記録されているからだ、という説よ」

「そういうことだ。人の想いを色や形として視るお前の共感覚は、そういった物体や空間に残留した電磁情報を、視覚情報として感じ取っているんだと俺は思う。

 昔、超能力ブームの時に流行ったサイコメトリーってやつに近い。つーか、あれも十中八九、共感覚の一種だろうな。ともかく、そこで登場するのが、タロットカードとスクライングミラーってわけだ」

「チャネリングがダメな理由は、なんとなく分かったよ。僕には、宇宙存在とか神様なんて視えないから」


 獅童のぶっちゃけた物言いに、僕は苦笑する。確かに、僕が視えるのは人間のようなもの、あるいはもっと不確かなもやみたいなものだったり、化け物みたいになってるものだったりだ。 

 神様仏様なんていうのは見た事がない。


「仮に一億万歩譲って、そーいう高次元の存在がいたとしても、お前の共感覚のアンテナじゃ受信できない周波数帯だってこった。だから、チャネリングは向いてない。だが、タロットカードは違う」

「タロットカードが向いている理由は……?」

「ああ。一般的に、タロットカードってのは、出たカードの絵柄や意味から運勢を占うもんだと思われてる。

 だが本質は違う。タロット占いとは、占い師と依頼人との『対話』なんだよ。

 カードに暗示された様々なキーワードを、依頼人と一緒に見ながら、対話を通して、依頼人自身が心の奥底に隠している答えを引き出していく作業だ」

「だから、それって結局、コミュニケーション能力が大事なやつじゃないか! 僕には無理だよ!」


 思わず声を荒らげる僕に、獅童は落ち着き払った様子で首を横に振った。


「落ち着けって。最後まで聞け。その『依頼人との対話』ってのがミソなんだ。

 対話を通して、依頼人は自分の悩みや願望をカードに投影する。無意識のうちにな。つまり、依頼人の思考……その想いが、カード一枚一枚に電磁情報として込められる。

 お前は、カードの意味を解釈する必要なんかない。ただ、その霊感で、カードを通して視えるものを、ありのままに口にすればいいんだよ」

「あっ……!」

「これなら、お前に必要なコミュニケーション能力は最低限でいい。あとは慣れだ。どうだ? やれそうか?」


 獅童の言葉は、僕の目の前に新しい道を切り拓いてくれたようだった。カードの意味を暗記したり、巧みな話術で相手を誘導したりする必要はない。ただ、僕が今までずっと視てきたものを、そのまま伝えればいい。それなら、僕にもできるかもしれない。


「そしてもうひとつのスクライング……これはめっちゃポピュラーだな。ぶっちゃけ、水晶玉占いだ」

「水晶玉占い……」

「あれもよ、別にガチで水晶玉に映像が視えるわけじゃねえ。もえお前ならわかると思うけどよ、あれは水晶玉を通して自分の心を、その中の映像を読み取る……ってやつらしいぜ」

「心の中の映像……?」


 それって、共感覚とあまり関係ないのでは。


「僕の霊感……共感覚が相手の思考という微弱な電磁波の残滓を読み取るってものだったら、それって成り立たないんじゃあ……」

「いや、そうでもないよ」


 艶華が僕の言葉を訂正してくる。


「水晶占いはね、自分の心、水晶のビジョンを通して相手を視る技術だからね。

 自分だけじゃ駄目なのさ。

 まあ、普通の占い師はあれだ、相手から色々聞きだしたり、前もって調べたデータを元に自分の心の映像を見て占うわけだけどね。

 あんたみたいな霊感の無い奴の霊感占いってのはね、ようするにイメージとインスピレーションなのさ」

「イメージとインスピレーション……」

「つまり霊感があろうがなかろうが、共感覚だろうがなんだろうがかわんないよ。いいかい、自分の見たものをまず信じな」


 自分の見たものを……。


「何より、霊感の訓練にもなるぜ」


 獅童が言う。霊感の訓練……?


「お前が今まで見てたものはあれだろ。物や人についている残留思念をお前は見てきた。違うか?」

「それは……そうだけど」


 そもそもそれ以外視れるのだろうか。


「そもそもそれ以外視れるのだろうか、ってツラしてんな」

「うっ」

「でもよ考えて見ろよ。思考が電気、電磁波で人や物についたそれを見てるのが霊感だっていう理論が正しいなら、だ。

 人間は常日頃思考してんだぞ。

 その思考が……心が視えない道理はねえ」

「そ……そうなのかな。けっこう無茶な理屈じゃないかな」

「いや、世の中には電磁波過敏症ってのもあるしな。人間は電磁波を感じられるんだよ。

 ならお前はその感覚を鍛えていきゃいいのさ。

 スクライングで自分の心を視覚化出来たなら、他人の心も視れない道理はねえ」

「……」


 そういう……ものなのだろうか。


「それが出来りゃお前は最高の目になれる!

 そのために早速訓練だ!」

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