第四話 占いの館
「知名度と勢いでなんとかなると思ったけど無理だったかー。つかあれだな、お前たぶん出禁にされてっぜ」
僕の魂の叫びがビル風に掻き消された後、獅童は頭をガシガシと掻きながら、まるで他人事のようにあっけらかんと言った。
さっきまでの勢いはどこへやら、その切り替えの早さにはもはや感心すら覚える。
「だろうね。僕がスピの介の立場だったら、絶対そうする」
僕は大きくため息をついた。
東京霊智協会。心霊業界の最大手。そこに乗り込んで一気に名を上げるという獅童の計画は、あまりにも綺麗にそして完璧に頓挫した。そりゃそうだ。
受付の女性に「アポイントメントはございますか?」と事務的に尋ねられ、しどろもどろになっている間に警備員がすっ飛んできたのだ。僕の顔を見るなり、あからさまに警戒した顔で。
「かといって、ここらは霊智協会が牛耳ってる。他の心霊協会は東北や関西とかに行かないと無理だしな。さて、どーすっか」
獅童は顎に手をやり、数秒考え込むと、すぐに顔を上げた。その目にはもう次の算段が浮かんでいるようだった。
嫌な予感がする。
「方針転換だ、祐介。霊能者がダメなら、占い師になる」
「……は?」
突拍子もない提案だった。
霊能者と占い師。似ているようで、全く違うジャンルのように思える。
「なんでまた……」
「馬鹿だな、お前。占い師の世界と霊能者の世界は、隣り合ってるどころか、ほとんど重なってるんだよ」
獅童は人差し指を立てて、得意げに講釈を垂れ始めた。
「考えてみろ。『霊感占い』ってのがあるだろ? 霊能者も占いをやるし、占い師が霊的なアドバイスをすることもある。客層も、悩みを抱えて藁にもすがりたいって点じゃ同じだ。つまり、同じ穴のムジナなのさ」
「同じ穴のムジナ……」
「そうだ。そして、隣り合ってるってことは、繋がってるってことでもある。
霊能者も占い師も、結局は技術よりもコネと評判が全ての世界だ。
だから、まずは占い師の世界に入り込んで、名前を売る。そこから霊智協会に繋がるツテを探すんだ。
迂回路だが、急がば曲がれって言葉がある」
「急がば回れだよ」
「おう、そうともいうな!」
正門から入れないなら、勝手口から忍び込む。いかにも獅童らしい、詐欺師的な発想だった。だけど、妙な説得力があるのも事実だった。
「よし、善は急げだ! 片っ端から当たるぞ!」
獅童の号令一下、僕たちの新たな戦いが始まった。
スマートフォンで「占い師 募集」と検索し、近所にあるヒットした占い館や事務所に手当たり次第、面接のアポを取っていく。
だが、現実は甘くなかった。
「ああ、君があの……」
「申し訳ありませんが、今回はご縁がなかったということで……」
「うちの店のカラーとはちょっと合わないかなあ」
「スピの介さんとこと敵対してくないからねえ」
「同業者に喧嘩売る人はどこでもやってけないよ」
面接に行っても、僕の顔と名前を見るなりお断りされる。
例の炎上動画は、僕が思っている以上にこの業界に浸透していたらしい。
スピの介に公然と喧嘩を売った、生意気で不穏な高校生。
それが、今の僕に貼られたレッテルだった。十数件の面接をこなし、その全てで丁重に、あるいはあからさまに拒絶された。
「……やっぱり、無理だよ」
夕暮れの公園のベンチで、僕は膝を抱えた。もう何度目になるか分からない弱音だった。
「僕みたいな厄介者、誰も雇ってくれるわけない」
「弱気になってんじゃねえよ」
隣で缶コーヒーを飲んでいた獅童が、僕の背中をバシンと叩いた。
「まだ弾は残ってる。次がラストだ。ここでダメなら……まあ、その時ゃ一から辻占いでも始めようぜ」
そう言って獅童がスマホの画面で見せてきたのは、新宿の雑居ビルにある、小さな占い館の求人情報だった。
『占いの館 瑠璃宮』……いかにも、という感じの名前だ。
◇
古びた雑居ビルの三階。軋む階段を上った先にある、紫色のカーテンがかけられた重厚な扉。
そこが『占いの館 瑠璃宮』だった。
意を決して扉を開けると、カラン、とドアベルが鳴り、むせ返るような香の匂いが鼻をついた。
「いらっしゃいませ。ご予約はおありでしょうか。当店は……」
「あーいえ、先程電話させていただいた面接希望の者です」
獅童がすらすらと受付のお姉さんに応える。
「ああ、草薙様と八坂様ですね。瑠璃宮が奥でお待ちです」
僕たちはあんな債れるまま扉をくぐる。
薄暗い店内には、天球儀やタロットカード、怪しげなパワーストーンなどが所狭しと並べられている。その奥の、ビロードのカーテンの向こうから、声がした。
「いらっしゃい」
しゃがれた、それでいて妙に艶のある声だった。カーテンが開き、現れたのは、年の頃は五十代だろうか、派手な化粧と、これまた派手な紫色のドレスに身を包んだ女性だった。指には大ぶりの指輪がいくつもはめられ、手にしたタバコからは紫煙が立ち上っている。
女性――瑠璃宮艶華と名乗った彼女は、僕たちを値踏みするように上から下まで眺めると、履歴書を受け取った。そして、僕の顔写真と名前を見た瞬間、眉をひそめた。
「八坂祐介……ねえ。あんた、どこかで……ああ、思い出した。スピ座衛門……いやスピ五郎だっけ、あのバカの動画で晒されてた子じゃないか」
またか。僕は俯き、唇を噛んだ。どうせ、ここも同じだろう。
「生意気な口を利いて、あいつをコケにしたっていう……」
「いえいえそれはですね、深い事情がありまして」
獅童がフォローをしようと口を挟むが、それをじろりと視線だけで制す艶華。
彼女タバコの灰を灰皿に落とすと、ふう、と大きく煙を吐き出した。僕は、次に続くであろう拒絶の言葉を待った。だが。
「……ふん。私、あのスピ太郎って奴、大っ嫌いなのよ」
予想外の言葉に、僕は顔を上げた。
「ああ、スピの介だっけ? 最近じゃテレビなんかにも出て、偉そうにしてるけど、やってることは昔から変わらない。
若い子を誑かして、金を巻き上げて……反吐が出るわ」
艶華は忌々しそうに紫煙を吐いた。そして僕たちを見る。
「あれに喧嘩を売ったあんた、いいじゃない。気に入ったわ」
艶華は、ニヤリと口の端を吊り上げた。その笑みは、僕が今まで見てきた大人たちのものとは全く違っていた。
「えっ……じゃあ!」
「勘違いするんじゃないよ。気に入ったってだけだ。使えるかどうかは別問題。で、隣のあんたは?」
艶華の視線が、獅童に移る。獅童は少しも臆することなく、不敵な笑みを返した。
「草薙獅童です。こいつのプロデューサー兼マネージャー兼相棒です。
こいつの『視る力』は本物ですが、いかんせん口下手で世間知らず。俺がいないと、宝の持ち腐れでして」
「へえ、プロデューサーねえ。大した自信じゃないか」
艶華は面白そうに獅童を見つめる。
「あんた、占い師に向いてる顔をしてるね。口八丁手八丁で、人の心に入るのがうまそうだ」
「あざっす、お褒めにいただき光栄っす!」
「褒めてないよ」
艶華は紫煙を吐く。
「それは詐欺師の才能だ。危険な才能だよ。口先で相手のうちに入り込み、動かし、転がせる才能。そりゃ気持ちいいさ、だけどその才能はいつか必ず自分すら騙してしまう、無自覚にね。
詐欺師の末路はね、破滅しかないのさ。
たとえ司法によって裁かれず、金を稼いで左うちわに見えたとしても、ね」
……彼女の言葉は、実感がこもっていた。そういう人間をたくさん見てきた者の言葉。そして、自分自身に言い聞かせるような言葉だった。
「あざっす、肝に銘じます。でも大丈夫っすよ」
「なんでそう言えるんだい? 根拠なしに自分だけは大丈夫って思い込むのはね、正常性バイアスって奴なんだよ」
「根拠ならありますよ」
獅童は艶華に対して真っすぐ、笑顔で言った。
「俺には相棒がいますから。詐欺師って金と自分しか信じられないカワイソーな奴じゃないっすか、だけど俺はコイツを信じてるんで。
信じられる絆があれば、闇と汚泥まみれの世界でも……闇落ちせず進んでいける。俺はそう思います」
……なんで。
なんで獅童はこんなことを言えるのだろう。僕を信じる……?
「なんでそんなに断言できるのかね。その根拠は何だい」
艶華が目を細める。
獅童は言った。にっこりと、笑顔を浮かべて俺の肩を抱きながら。
「一目惚れっす!」
とても頭の悪い回答だった。
……だけどなんだろう。胸の奥が熱くなった。
「……ぷっ。ふははははは、あはははははは!!」
そしてその答えを聞いた艶華は、爆笑した。
「あったま悪い答えだねえ!
ああ、だけど気に入ったよ。どこまで行けるか見てやろうじゃないか。
二人とも合格だよ!」
その言葉に、僕と獅童は顔を見合わせる。
「あ、ありがとうございます!」
「あざっす! 世話になります、師匠!」
そして僕たちは頭を下げた。
「若いねえ、あー熱い熱い。あたしゃそういうノリ嫌いなんだよ、ビジネスライクに行こうや。
で、最初は見習いからだ。仕事は……そうね、まずはうちの顧客データの整理と、電話番からやってもらうよ」
こうして、僕と獅童は、占い師見習いとして『占いの館 瑠璃宮』で働くことになった。
◇
僕たちの最初の仕事は、艶華の言う通り、膨大な量の顧客ファイルを整理し、パソコンにデータ入力していく作業と、予約の電話対応、そして受付、掃除だった。
占い師の仕事は、占いの技術だけではない。
むしろ、それ以上に重要なのが、事前の情報収集、つまり『ホットリーディング』の準備だ。
ファイルには、客の氏名、年齢、家族構成、職業、過去の相談内容、そして担当した占い師による所見などが、びっしりと書き込まれていた。中には、提携している興信所が調査したと思しき、より詳細な個人情報まで含まれているものもあった。
占い師はこの顧客データを元に占いを行うという。
それぞれの占法で客の過去や悩みなどを言い当て、信頼させるところから始まるのだ。
「これって……」
「今更驚くなよ。霊能者も占い師も、やってることは同じだって言ったろ。客の情報をどれだけ握ってるかが、勝負の分かれ目なのさ」
パソコンに向かいながら、獅童がこともなげに言う。僕は、倫理的にどうなんだろうと思いつつも、黙々と作業を続けた。
電話対応や受付の仕事は、僕にとっては苦痛だった。人と話すのが苦手な僕にとって、悩みを抱えた客と当たり障りなく会話を続けるのは、かなりの精神力を消耗する。
いかに事務的な対応でもいいといっても、苦手なものは苦手なのだ。
対照的に、獅童は水を得た魚のようだった。持ち前のコミュニケーション能力と鋭い観察眼で、受付業務のわずかな時間で客の心を掴み、情報を引き出してしまうのだ。
そしてそのスキルを見込まれ、電話番から受付の仕事も任されるようになった。
「お客様、その指輪、とても素敵ですね。オーダーメイドですか? ……ああ、やはり。大切な方からの贈り物、というお顔をされています。その輝きが、少し曇って見えますが……何か、お悩みでも?」
そんな風に話しかけられた客は、驚いたように目を見開き、堰を切ったように悩みを話し始める。獅童はただ相槌を打ち、共感の言葉を口にするだけ。
それだけで、客は「この人は私のことを分かってくれる」と信頼を寄せてしまう。
それだけ……というがそれが簡単な事ではないのはよくわかっている。
薄っぺらい口先だけの共感は、人は案外簡単に見抜いてしまうものだ。しかし獅童の言葉は不思議な説得力があった。
獅童が受付に入った日は、明らかに次回の予約率や、パワーストーンなどの売れ行きが良かった。
あっという間に、獅童は艶華からも客からも信頼されるようになっていった。
ある日の営業後、店の片づけをしながら、艶華が僕に言った。
「あんたは真面目だけど、融通が利かないね。占い師には向いてないかもしれない」
「……はい」
図星だったので、僕は素直に頷くしかなかった。
「占い師に必要なのはね、コミュ力と寛容さだよ」
艶華は椅子に深く腰掛け、新しいタバコに火をつけた。
「客は悩んでる。答えを求めてここにやってくる。
でもね、占い師は答えを用意しちゃいけないんだよ」
「答えを……用意しちゃいけない?」
「そうさ。客の心の中にある答えをそっと引き出して、これがあなたの答えですよって見せてあげるのが仕事なのさ」
その時、店の奥から獅童が顔を出した。
「要するに、ホストやキャバ嬢と一緒ですよね、師匠。
いかに客に気持ちよくなってもらうか、楽しくなってもらうか、そして、楽になってもらうか。
占いに来る客の大半は、安心しに来てる。自分の選択を、肯定してもらいに来てるんですよ」
「その通りだよ、獅童。あんたはよく分かってる」
艶華は満足そうに頷いた。
「そこに、客が求めてる答えと違う答えを出しちゃいけない。
もし、どうしても厳しいことを言わなきゃならない時は、まず相手を徹底的におだてて、褒めて、気分を良くさせてから、少しずつ誘導していく」
「合気道や柔道と同じってことさ。正面からぶつかってもだめ、相手の動き、勢いを利用するってわけだ」
「……勉強になります」
二人の言葉を聞きながら、僕は改めて自分には無理だと思った。
僕に視えるのは、そういう小手先のテクニックで捻じ曲げられるものではない。
ただ、そこに在るのが視えるだけ。
獅童いわく、共感覚。人の想いが姿かたちとして視えてしまう脳の機能過多。
客が求めているのが心地よい嘘だとしても、僕に吐けるのは無慈悲な真実だけだ。これでは、誰も救えない。
僕は、結局……
「ま、お前にそれは求めてねーけどな。つーか、いらねえ」
そんな僕に、獅童が言った。
「前に言っただろ。お前は俺の目で、俺はお前の手足や口だ。
つまりお前に口八丁手八丁は求めてねえよ。
お前はお前の武器で戦うんだよ」
「僕の……武器?」
「その霊感だよ。お前は霊感占いをすればいい。サポートは俺がする」
「霊感……占い……?」
「ああ。お前にお勧めなのは……」
獅童はにんまりと笑って言った。
「タロット占いと、スクライングだ」




