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サイキックシンジケート――視えない詐欺師と視える僕の心霊業界下剋上――  作者: 十凪高志


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第三話 コンビ結成

 学校へ向かう僕の足取りは、鉛を引きずるように重かった。

 僕、八坂祐介にとって、学校はもはや安息の地ではなかった。いや、前々からもそんなかんじだったけど。


 とにかく教室の扉を開けるのに、あれほど勇気が必要だったことはない。

 案の定、僕が席に着くと、周囲から好奇と嘲笑の入り混じった視線が突き刺さるのを感じた。


「よお、有名人」

「見たぜ、動画。お前、マジであんなこと言われたの?」

「てかさ、スピの介に反論するとか、度胸ありすぎだろ」


 クラスメイトたちが、遠巻きに、あるいは直接的に声をかけてくる。そのどれもが、僕の心を抉るには十分だった。特に、あの動画で晒された『お前、何人孕ませて降ろさせたんだよ!』という罵詈雑言は、面白おかしいゴシップとして消費されていた。


「なあ八坂、正直に言えよ。お前マジで孕ませまくりのヤりまくりなんかよ」


 休憩時間、ついに一番聞きたくなかった言葉が、クラスのお調子者である男子生徒から投げかけられた。

 教室に、ドッと笑いが起こる。僕は顔を伏せ、唇を噛みしめる。違う、と否定したかった。

 だが、何を言っても、この空気の中では燃料を投下するだけだと分かっていた。


「いやいや、コイツそんなワルじゃねえって」


 不意に、教室の入り口から声がした。聞き覚えのある、やけに自信に満ちた声。僕が顔を上げると、そこに立っていたのは着崩した制服姿の――あの男、草薙獅童だった。


「孕ませた女の面倒は、全員ちゃんと見てるもん」


 獅童がニヤリと笑いながら言うと、教室は先程とは違う種類の爆笑に包まれた。

 なんてことを言うんだこの人は! 僕はれっきとした童て……いやそうじゃなくて!


「ちょっ……草薙さん!? なんでここにいるの!?」


 僕は思わず立ち上がり、叫んだ。

 昨日会ったばかりの男が、なぜ僕の学校のこのクラスにいるのか。混乱する僕をよそに、草薙さんはひらひらと手を振る。


「なんだよ、祐介。つれないこと言うなよ。俺、お前の隣のクラスじゃん」

「隣のクラス……って、ええっ!? 高校生!? 同い年だったの!?」


 僕の驚愕の声は、教室の喧騒にかき消された。

 獅童は慣れた様子で僕の隣の席に腰掛けると、呆然とする僕にウィンクしてみせた。その不敵な態度は、昨日会ったラフな格好の時と何ら変わりはなかった。


「マジマジ!?」

「教えてくれよえっと……」

「おう、俺は隣のクラスの草薙でこいつのマブダチよ。もう前世からの親友。だけどコイツプライベートでは女にモテモテだけど俺に全然まわしてくんねーのよ、俺の女は全て俺んだ、ってよ。なにこの純愛野郎」

「いや絶対ウソだろそれ!」

「八坂のキャラじゃねーじゃん!」

「いやいやマジだって。昨日の俺の夢ン中でブイブイ言わせてたぜ」

「夢かよ!」

「ちなみに夢ん中の八坂は俺でした」

「お前かよ!」



 クラスに爆笑が沸き起こる。

 何なんだこの展開。



 放課後、僕は草薙さん……いや獅童に半ば引きずられるようにして、駅前のファミリーレストランに連れてこられていた。騒がしい店内で、獅童はドリンクバーから持ってきたメロンソーダを掲げる。


「つーわけで改めて、コンビ結成を祝してかんぱーい!!!」

「まだ結成するなんて一言も言ってないよ!?」


 僕はテーブルに突っ伏した。学校での一件以来、僕の頭は混乱しっぱなしだった。

 彼が話題かっさらって行ってくれたおかげで少しは楽だったけど、別の気苦労が増えた気がする。トータルではマイナスだ。


「だいたい、なんで今まで知らなかったんだよ……同じ学校なら」

「俺、二学期からの転校生だし。それに、お前、基本的にクラスで空気だろ。周りに興味ないから気づかなかっただけだろ」

「う……」


 的確な指摘に、僕は言葉を失う。確かに、僕は霊が「視える」せいで、他人と深く関わることをずっと避けてきた。


「そもそも無理だよ、霊能者なんて……」


 弱々しく呟く僕に、獅童はメロンソーダを一口飲むと、グラスをテーブルに置いた。


「なんでだよ」


 その声は、ファミレスの喧騒の中でもやけにはっきりと聞こえた。


「あそこにいた誰よりも、お前は『本物』じゃん」

「本物って……」


 僕は顔を上げた。獅童の目は、昨日と同じように、全てを見透かすような鋭い光を宿していた。


「あいつら全員、詐欺師か妄想狂しかいねぇよ。


 霊能者ってのは、そういう連中だ。そんな奴らが、本当に霊に困って苦しんでる――と思ってる――連中をカモにして私腹を肥やしてる。


 正直、虫唾が走るだろ」


 獅童の声には、冷たい怒りがこもっていた。


「だから、俺らも霊能者になる。そこに食い込んで、腹ん中から食い破ってやんのさ。痛快だろ」


 その言葉はあまりに過激で、僕は息を呑んだ。だが、心のどこかで、彼の言うことに共感している自分もいた。

 スピの介のような人間が、人々を弄び、金を巻き上げる。それは、許されることではない。


「……でも」


 僕は、なおも反論する。


「視える、って言う人はいくらでもいる。

 それにこれは客観的なものじゃなくて主観的なものだ。僕の視界なんて証明のしようがないのに……なんで、僕なんだよ」

「決まってる」


 獅童は、テーブルに肘をつき、身を乗り出した。


「お前が、本物だからだ」

「だから、なんでそれが分かるのさ!」

「ああ、それな。実はあの時、ちょっとした罠っつーか、リトマス試験紙みたいなのを仕掛けといたんだよ」

「え?」


 獅童は、いたずらっぽく片目をつむった。


「なあ、祐介。霊能者の霊視に、一番必要な能力はなんだか分かるか?」

「それは……霊を視る力、とか……」

「違うな」



 獅童は、きっぱりと否定した。


「『如何に前もって依頼人のプロフィールを集められるか』だ。

 プロの霊能者は、それを使って霊視をしてる。

 いわゆる『ホットリーディング』ってやつだ」


 彼は、まるで講義でもするように、指を一本立てた。


「だから、真面目で勤勉なイベントスタッフだった俺は、スピフェスの時にちょっとした仕掛けをしといた。

 数名の依頼人の個人情報を、事前に改竄しておいたのさ」

「改竄!?」

「そう。例えば、あの一ノ瀬恵って娘。

 彼女の事前アンケートにあった家族構成の欄を、『両親、祖父母、姉、みな健在』って書き直して提出しといた」

「えっ……」


 僕は、息を呑んだ。


「普通、霊能者ってのは、その事前情報を見て『霊視』のシナリオを組み立てる。わかりやすい家族に死者がいない場合、どうするか。簡単だ。

 死者がいないなら作ればいい。

 親類、家族、友人、知り合いの誰かが、こっそり流産や堕胎をしていた――その赤子の霊、つまり水子が、あなたを嫉妬して憑りついている!……ってな。

 誰にでも当てはまりやすい、バーナム効果を利用した典型的な霊視だ」


 獅童の解説は、淀みなかった。あのステージで起きたことの裏側が、今、はっきりと見えてくる。


「スピの介は、俺が改竄した情報通りに、一ノ瀬恵に死んだ身内はいないと判断した。だから安直に『水子』の話に持っていったわけだ」


 そこで、獅童は僕の目をまっすぐに見た。


「だけど、お前は違った。お前だけが、彼女に『穏やかな老婆の霊が憑いている』って言った。

 改竄前のデータではな、一ノ瀬恵の母方の祖母は数年前に亡くなってる。

 お前はただ、真実だけを視た。……これ以上に、お前が『本物』だって証拠があるか?」


 鳥肌が立った。獅童は、そこまで計算して、あの場にいたというのか。


「そして、何より決定的だったのは……」


 獅童は、ふっと笑みを崩した。


「確かにお前は、場の空気をモノにできなかった。

 完膚なきまでに叩きのめされた。

 けどな、空気を読まずに――いや、読んだうえで、あのバカに喧嘩を売ったのを見て、コイツだって思ったのさ。

 こいつなら、信用できるって」

「……買いかぶりだよ。僕は、ただ考え無しに動いただけだ」

「いいじゃねえか、考え無しで! 考えるより先に体が動いた――マンガのヒーローみたいで、最高にイカすぜ!」


 獅童は、拳をぐっと握りしめた。その目には、一点の曇りもない。


「俺達は、これから霊能者になる。お前と俺で力を合わせて、ビッグになって、あのふざけた連中をギャフンと言わせてやるんだ。

 どうだ、祐介。乗るか、そるか?」


 僕は、黙って獅童を見つめた。

 なんだろう、熱いものがこみあげて来る。胸の奥で、何かが変わろうとしているのを感じていた。


 だけど……。


「でも……あの娘、一ノ瀬さんは……大丈夫なのかな。

 結局、僕は何もできなかった。あの後、もしかしたら……除霊っていう名目で、酷いことを……」


 僕の言葉に、獅童はニヤリと笑った。


「ああ、その心配はいらねえよ。

 俺だって、あのエロ豚に好き勝手させるのはムカつくからな。ちゃんと手は打っといた」

「手?」

「俺は、スピの介超スーパー大先生様の熱心な信者を装って、イベントスタッフに潜り込んでたんだぜ?

 ミラクル大先生が言ってただろ、一ノ瀬恵に。連絡先教えてくれる? ってよ。

 そしてその顧客の連絡先はスタッフが管理する」

「なっ……」


 それは、つまり。


「その連絡先……住所と電話番号、書き換えといた。

 きっとスピの介先生は今頃……」



「ここか、でかい家じゃないか」


 スピの介こと岡島武は、何人かのスタッフと共に車を降りる。

 眼前には、大きな和風邸宅があった。


 昨日の失跡で恐怖、それが転じて怒り、鬱憤が溜まった岡島はそのフラストレーションの為に『除霊』をすることにしたのだ。

 除霊、と言えば聞こえはいいが、つまる所セクハラ……いや、凌辱だ。

 霊障――ありもしないもの――に困り苦しんでいる若く見目麗しい少女たちを口説き、除霊と称して性交渉を行い、そしてそれを動画や写真に記録する。岡島の趣味と実益を兼ねたライフワークだ。


「御嬢様って奴か。こいつは絞れそうだし楽しめそうだな」


 岡島は舌なめずりをする。

 一昨日のスピフェスで見た一ノ瀬恵は、幼いながら実にいい体をしていた。嗜虐心をくすぐる表情、豊満な胸。たまらない。良いストレス発散になるだろう。

 すでに電話でアポイントは取っている。


「いくぞ」


 岡島は揚々と、その大きな屋敷の門をくぐった。


 そして――


「おう、なんじゃ兄ちゃん」

「うちになんか用か」


 岡島の前に現れたのは、パンチパーマと角刈りの屈強な男だった。

 低い声で問いかけるその口調に、岡島は一瞬たじろいだ。

 だが、すぐにいつもの尊大な笑みを浮かべる。


「失礼。私はスピの介と申します。昨日、スピリチュアルフェスティバルでお嬢様の霊障を診させていただいた者です。ご連絡いただいた除霊の件でお伺いしました」


 岡島は丁寧に頭を下げながら、内心で舌なめずりしていた。こんな立派な屋敷なら、娘も相当な箱入りだろう。怯えながらも従順に――ああ、たまらない。 しかし、男たちの反応は予想外だった。

 パンチパーマの男が、ふっと鼻で笑った。


「あ、お嬢に除霊だ? 何言ってんだてめぇ」

「あ、見た事あるぜ兄貴。こいつテレビにも出てるスピ太郎って霊能者だ」

「そんな山師がお嬢に何の用だ」

「兄貴、こいつらカメラ持ってますぜ」

「怪しいな兄ちゃん。ちょっとこっち来いよ、なあに取って食いやしねえよ……」

「え、ちょっと、いたた、やめてくださいよ警察呼びますよ!!」

「不法侵入は兄ちゃん達だろ。まあ仲良くしようぜ、で……お嬢になんだって?」


 ビキビキと青筋を立てながら笑顔で岡島たちの方に手を回す男たち。


「ひ、ひぃぃぃぃぃぃ!」


 岡島の悲鳴が響き渡った。




「――てな具合にな。ちなみに電話番号は俺の予備の電話番号なんで快く応対しといた。ボイスチェンジャーで」

「ひ、ひどい……」


 ひどすぎる。だけど……その話を聞いて少し溜飲が降りてしまった。思わず僕も笑いが漏れる。


「でも、そんなことして大丈夫なの? 君の正体がバレたら……」

「へっ、心配ご無用。

 イベントスタッフの草原獅子のくさはらししのすけ君の電話番号は、現在使われておりませーん、だ。

 こっちも最初から偽名に決まってんだろ。詐欺師相手にホイホイ個人情報渡すわけねーじゃん」


 獅童は、得意げに胸を張った。


「もしかして、草薙獅童っていうのも……」

「ああ、芸名さ。ほれ、これが本名」


 獅童は、制服のポケットから学生証を取り出し、テーブルの上に滑らせた。そこに書かれていた名前は、『草薙 司郎』。


「シロウより、シドウの方がハッタリ効いてて強そうだろうが。お前もなんか考えろよ。『八坂龍紋やさかりゅうもん』とか、『八坂王虎やさかおうこ』とかさ」

「僕のキャラに、全然合ってない……」

「じゃあ、あれだ。今回の炎上記念で、『八坂炎上やさかえんじょう』」

「縁起でもないからやめてくれない!?」


 僕が全力でツッコミを入れると、獅童は腹を抱えて笑った。


「まあ、芸名は追々考えるとしてだ」


 笑いが収まると、獅童は真剣な顔つきに戻った。


「その炎上だよ。この機を逃す手は無い」

「この機?」

「そうだ。炎上したってことは、良くも悪くもお前は今あの業界で有名人だ。

 スピの介に公衆の面前で論戦を挑んだ謎の高校生霊能力少年。

 今、お前は最高に注目されてんのさ」


 獅童の目が、ギラリと光った。

 でもその言い方はやめてほしい。


「だから、一気に本丸に乗り込む」

「本丸……?」

「決まってるだろ」


 獅童は、窓の外に見えるひときわ高い超高層ビルを指さした。


「東京霊智協会。

 あそこも他の心霊協会と同じで、常に認定霊能者を募集してる。そこに、俺達が殴り込みをかける。

 今このタイミングでな。組織に食い込んで、勢いのままに頂点に駆け上る!」



 数十分後。


 僕と獅童は、あの超高層ビルの前に立っていた。見上げる首が痛くなるほどの威容。ガラス張りの壁面が、都会の夕暮れの太陽を反射して、近寄りがたいほどの輝きを放っている。


 そして、大きく息を吸って草薙獅童は言った。



「……うーん。やっぱ、流石に無理があったか!」



 頭をガシガシと掻きながら、あっけらかんと言った。

 そう、門前払いである。


「ですよねぇぇぇ!!!!」


 僕の魂の叫びが、夕暮れ時の摩天楼の谷間に虚しく響き渡った。

 カラスがアホー、と鳴いたのが聞こえた。

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