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サイキックシンジケート――視えない詐欺師と視える僕の心霊業界下剋上――  作者: 十凪高志


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第二話 東京霊智協会

 夜の帳が下りた東京を眼下に見下ろす、超高層ビルの最上階。

 床から天井まで続く一面のガラス窓には、宝石を散りばめたような無数の光が広がり、その光はまるで天の川のようだった。


 部屋の中央には、黒曜石のように磨き上げられた巨大な円卓が鎮座している。そこに座るのは、十数名の男女。いずれもが、この国の精神世界――スピリチュアル業界に、良くも悪くも多大な影響力を持つ者たちだ。

 彼らこそ、現代の民間信仰を束ね、巨大なビジネスとして成立させている組織、「東京霊智協会」の幹部会であった。


「――以上を持ちまして、先月開催されました関東スピリチュアルフェスタの収支報告を終わります。

 結果として、売り上げ、来場者数ともに昨年比百三十パーセントを達成。大成功と言えましょう」


 報告を終えたスーツの女性が恭しく頭を下げると、円卓を囲む幹部たちから拍手が送られた。

 拍手を送る彼らの視線は、上座に座る一人の男に注がれていた。

 年の頃は四十代ほどだろうか。長い髪を整えた端正な顔と柔和な瞳。

 一見すると高僧のようにも神父のようにも見える。

 だが、その両眼に宿る光は、聖職者のそれとは程遠い、全てを見透かすような冷徹さを湛えていた。

 彼こそが、東京霊智協会の頂点に君臨する会長、枢天城くるるぎてんじょうその人であった。


「ご苦労。成功は結構なことだ。だが」


 枢の静かな声が、広大な会議室に響く。それだけで、幹部たちの背筋がぴんと伸びた。


「成功の裏で、一つ、耳障りな雑音も聞こえてきているようだ」


 その言葉を合図に、スーツの女性が手元のタブレットを操作した。壁のスクリーンに映し出されたのは、SNSのタイムライン。夥しい数の、罵詈雑言。その全てが、一人の男に向けられていた。

 心霊ユーチューバー、スピの介。本名、岡島武。


「岡島様が、少々ヘマを打ったようでして」


 ホログラムを操作する幹部が、嘲るような笑みを浮かべて言った。

 スクリーンには、スピフェスのメインステージで撮影された動画が再生される。幸薄そうな女子高生に、スピの介がねっとりとした視線を送りながら「個人的に除霊してあげる」と連絡先を聞き出そうとする場面。

 そこへ、一人の少年が異を唱える。


『その人には……水子なんて、憑いていません』


 そこから先の展開は、まさに炎上と呼ぶにふさわしいものだった。

 激高したスピの介は、少年を論破することに固執するあまり、言ってはならない言葉を口にした。


『ガキが純粋無垢な天使ちゃんなら、虫とか生き物を平気で殺すか?躾なきゃガキは動物同然なんだよ』


 そして極めつけは、個人情報を晒し上げた上での、根も葉もない誹謗中傷。


『お前にも水子が憑いてるよ!

 お前、何人孕ませて降ろさせたんだよ!』


 この一部始終を、スピの介こと岡島は、あろうことか「生意気なバイトを論破してみた」という趣旨で、自身のチャンネルにアップロードしてしまったのだ。

 結果は、惨憺たるものだった。


「主婦層、特に子育て世代の女性視聴者からの反発が凄まじい。

『子供を化け物扱いするなんて許せない』『セクハラ目的で少女に近づくクズ』『高校生の個人情報を晒すとか犯罪者だろ』。

 チャンネル登録者数はこの三日で二十万人減少し、スポンサーも数社が契約の見直しを検討中とのことです」


 報告を聞きながら、幹部の一人が鼻で笑った。


「自爆とはこのことですな。あの少年が何を言おうと、適当にあしらっておけばよかったものを。己のプライドを守るために、金のなる木を自ら切り倒すとは、愚かにもほどがある」

「そもそも、あの女子高生へのアプローチが下品すぎる。あれでは信者もドン引きだろう」

「岡島クンも、少し天狗になっていたということだ。自分の人気を過信し、何を言っても許されると勘違いした。いやあ若いですなあ」


 彼らにとって、岡島は同じ組織の仲間ではない。あくまで、利益を生み出すための「商品」の一つ。

 その商品価値が毀損され、あまつさえ協会全体のイメージに傷をつけかねないとなれば、容赦はなかった。


「みっ、皆様! この度は、私の軽率な行動により、多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ございませんでした……!」


 部屋の隅にいた岡島が、絞り出すような声を出す。

 しかし、円卓を囲む者たちからの反応はない。ある者は冷ややかに彼を見つめ、ある者は興味なさそうに爪を磨いている。誰も、彼を助けようとはしなかった。


「友よ。言い分は?」


 枢が、静かに問う。


「は……はい。あのバイトのガキが……私の霊視を否定してきたものですから、ついカッとなりまして……。あっ、あれは、私の力を貶めようとするアンチの計画的な犯行だったに違いありません! だからこそ、私は真実を世間に知らしめるために、動画を……」

「つまり、お前はまんまと素人のガキの挑発に乗って、自滅したと。そう言いたいのか?」


 別の幹部の冷たい声が、岡島の言葉を遮った。


「ち、違います! あれは……」

「見苦しいな、我が友よ」


 枢が、静かに告げた。その声には何の感情も乗っていなかったが、それゆえに、絶対的な拒絶を感じさせた。岡島の顔から、さらに血の気が引いていく。


「君がどういう意図で動画を上げたのか、私には興味がない。君がどういう人間なのかも、どうでもいいのだ、友よ。

 私が興味があるのは、君が協会にもたらす『利益』。ただそれだけだ」


 枢は指を組み、テーブルに肘をついた。


「君は、我々が作り上げた『スピの介』という商品を、自らの手で汚損した。その価値は、今や暴落の一途を辿っている。本来であれば、即刻廃棄処分とすべきところだ」


 廃棄処分。その言葉が、岡島の脳天に突き刺さった。この業界から追放されること。それは、彼にとって死刑宣告に等しい。築き上げてきた全てが、泡のように消える。


「ま、待ってください! 会長! どうか、どうかもう一度チャンスを……! 必ず、このマイナスを埋めてみせます! 倍にして、お返ししますから!」


 岡島は床に膝をつき、必死に懇願した。その姿は、かつてのカリスマ霊能者の威厳など微塵も感じさせない、哀れな道化そのものだった。

 枢はしばらくの間、黙って岡島を見下ろしていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「……三ヶ月だ」

「え……?」

「三ヶ月の猶予を与えよう。その間に、今回の損失を補って余りある利益を、協会にもたらすのだ、友よ。

 方法は問わぬ」


 それは、慈悲ではなかった。最後の最後、骨の髄までしゃぶり尽くすための、執行猶予。


「もし、それが出来なければ……どうなるか」


 枢がすっ、と手を岡島に向ける。


「……っ、く……がっ……!」


 途端に、岡島はまるで溺れているかのように、あるいは首を絞められているかのように……苦しみ出した。

 金魚のように口を開き、必死に喉を掻きむしる。

 それを幹部たちはさも当然のことのように眺めていた。


「分かるな? 友よ」


 枢の瞳が、冷たく光る。


「……か、はっ……! は、はい……」


 岡島は解放された。しかし恐怖からは解放されない。

 何が起きたのかわからない。まさかこの枢天城は、本物の霊能者か超能力者とでもいうのか。

 岡島は、全身が凍りつくような恐怖に支配されたまま、その男を見上げる。

 この男は、本気だ。出来なければ、本当に「消される」。社会的に、あるいは、物理的に。


「は……はい……! 必ず……! 必ずや、ご期待に応えてみせます……!」


 岡島は何度も頭を床にこすりつけると、震える足で立ち上がり、よろよろと会議室を後にした。扉が閉まると同時に、彼の存在など最初からなかったかのように、会議室は静寂を取り戻した。


「さて」


 枢は、何事もなかったかのように議題を次に移した。


「岡島をここまで追い詰めた、例の少年。名前は……」

「八坂祐介、です」


 その名が出た瞬間、幹部たちの間に、先程までの嘲りの空気とは違う、微かな緊張が走った。


「資料によれば、斉賀埼高校の二年生。民俗学研究部に所属。ごく平凡な高校生に見えますが……」

「平凡な高校生が、百万人を超える登録者を誇るユーチューバーに、満員の観客の前で物怖じもせず反論できるかね?」


 枢の問いに、誰も答えることができない。

 岡島の霊視は、無論、ハッタリとコールドリーディングを組み合わせただけの詐術だ。だが、それを差し引いても、あの状況で、岡島の嘘を「老婆の霊が憑いている」と、そこまで具体的に看破した少年の存在は、不気味だった。

 本物の「視える」人間か、あるいは、岡島を貶めるために周到な準備をしてきた何者かの手先か。


「どちらにせよ、興味深い」


 枢は楽しそうに目を細めた。


「岡島という古い玩具が壊れかけている今、新しい玩具が必要になるかもしれぬ」


 その言葉に、幹部の一人――これまで沈黙を守っていた人物が、くすくすと鈴を転がすような笑い声を上げた。

 円卓の一角。そこに座っていたのは、場違いなほど幼い少女だった。

 年は十一か、十二歳ほど。

 銀色――いや、白髪か。美しい長髪が頭で揺れ、大きな瞳は人形のように澄んでいる。

 豪奢な振袖に身を包んだその姿は、まるで日本人形が生身を得たかのようだった。

 だが、その幼い容姿に騙される者は、この場には一人もいない。

 彼女こそは、東京霊智協会最古参の幹部の一人にして、「生き神」と称される存在。

 八咫姫鈴白やたひめすずしろ

 昭和の心霊界隈にその名を轟かせた伝説の霊能者、八咫姫鏡の生まれ変わり――である。


「……貴女が直々にですか」

「ああ」


 鈴白は首肯する。

 どう見ても年上であるスーツの秘書に対して、まるで年下を相手にするような態度でいた。

 そして――それを咎める者は、ここに誰もいなかった。

 皆、彼女より年上だと言うのに。


「丁度、新しいオモチャを探していたところでな」

「ふむ」

「それに――」


 少女は微笑む。その笑みは、妖艶でありながら無邪気さを秘めていた。


「面白そうな予感がする。とても楽しいことになりそうじゃないか」

「それはそれは……興味が湧きましたか、八咫姫刀自」

「ああ、会長殿。私に任せてくれ。 

 それと刀自はやめて欲しいものだな、今世の私はまだ11歳の少女だ。

 会長殿も、私に小僧や少年、坊主などと呼ばれたくあるまい」


 老獪に笑う鈴白。

 その言葉に、周囲にも笑いが起きる。


「確かに、この齢でそれは面はゆい。以後注意しよう。

 さて、ならば君に任せよう。存分に楽しんで来るがいい」

「感謝する、会長殿」


 鈴白は優雅に礼をした。その所作にはどこか、猫を思わせるようなしなやかな美しさがあった。

 そして、その瞳には――隠しようのない、爛爛とした不敵な輝きがあった。

 誰も気づいていない。

 その輝きは――昏い憎悪だということに。

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