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サイキックシンジケート――視えない詐欺師と視える僕の心霊業界下剋上――  作者: 十凪高志


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第一話 敗北、そして運命の出会い

 東京ジャイアントサイトで開催されているイベント、スピリチュアルフェスタ。

 心霊オカルトスピリチュアル、そういった見えない世界を扱う人たちの祭典だった。


 僕、八坂祐介(やさかゆうすけ)は、そのイベントに何の因果かスタッフとして参加していた。

 一言で言うと、部活の付き合い、しがらみである。

 そもそも部活事態、学校で強制じゃなければやりたくなかった。僕はそういった人と人とのつながり、あつまりというのが得意ではない。

 何故得意ではないか。

 それは……僕は“視える”のだ。霊が。

 いわゆる「霊感がある」ということだ。


 だけどそれは決して、優れた特別な選ばれた者であるという自負を僕に与えてくれるものではなかった。

 他人には視えないものが視えるということは、他人と世界が共有できないということだ。

 他にも霊が視えるという人に会った事があるけど、僕が視えているものは彼・彼女には視えず、そして彼・彼女が視えているものは僕には視えなかった。


 つまるところ、僕は孤独でいびつだったのだ。


 人の残した想いが視える。霊が視える。だからどうしたというのだろう。

 これで僕がもっと世渡りが上手なコミュ強ならまた別だったかもしれない。

 小さいころに見えたこれを、大人や他人が才能だともてはやしてくれたならまた別だったかもしれない。

 しかし、この目が僕に与えたのは孤独だけだった。


「おい、祐介!ぼさっとすんな!次の準備始まるぞ!」


 部長の声に、僕ははっと我に返る。

 僕たちの今日の仕事は、メインステージで行われるイベントの設営補助。

 そして、本日のメインゲストが、今をときめく心霊ユーチューバー「スピの介」だった。


 チャンネル登録者数100万人を誇る彼は、軽快なトークと派手な除霊パフォーマンスで人気のカリスマだ。

 ステージの袖から見ていると、照明を浴びて登場したスピの介に、会場から割れんばかりの歓声が上がる。

 ブランドもののスーツを着こなし、ホストのように髪を盛った彼は、テレビタレントと何ら変わりないオーラを放っていた。


「はーい、みんな、スピってるー?君の心の隙間、お祓いしちゃうぞ!スピの介でーす!」


 お決まりの挨拶に、ファンたちが「スピってるー!」と絶叫で返す。僕にはその熱狂が、まるでカルト宗教の集会のように見えた。


 イベントは、公開霊視相談会という形で進んでいった。事前に選ばれた相談者がステージに上がり、スピの介がその悩みを聞いて霊視するという、彼の動画ではおなじみの企画だ。


「じゃあ、次の方、どうぞー!」


 司会に促されてステージに上がったのは女子高生だった。いかにも幸が薄そうな、といった雰囲気、表情の子だった。


「……」


 僕にはわかった。

 彼女には……憑いている。

 そこまで悪いものではなさそうだけど……。


 女の子は戸惑いながらも、促されてステージに上がった。スタッフが椅子を用意し、彼女を座らせる。


「名前は?」

「あの、一ノ瀬、恵です」

「恵ちゃんね。いくつ?」

「十五です」

「十五かあ、若いねえ。彼氏いる?」


 唐突な質問に、恵は顔を赤らめた。


「いえ、いません」

「そっか。でもさ、可愛いからモテるでしょ?」

「そんな、そんなこと……」

「謙遜しちゃってー。スタイルもいいしさ」


 スピの介は恵の体をじろじろと眺めた。客席から笑い声が起こる。

 僕は音響ブースで眉をひそめた。これは、セクハラじゃないのか。


「で、恵ちゃん。悩みって何?」

「あの、最近、夜に金縛りにあうんです。それで、何か、人の気配がして……」

「ほうほう。怖いねえ。で、その気配って

 どんな感じ?」

「なんか、重たい感じで。息苦しくて」

 スピの介は頷き、恵の周りをゆっくりと歩き始めた。そして突然、立ち止まった。


「視えた」


 客席がざわめく。


「恵ちゃん、君にはね……水子が憑いてるよ」

「水子……?」


 一ノ瀬さんは困惑した表情を浮かべた。


「でっ、でも……私……っ」


 彼女は首を横に振る。それはそうだろう、彼女は僕と同じ、いや下手をしたら年下だ。

 そんな女の子が水子……?


 彼女の否定の素振りをよそに、会場からは「ああ……」という同情のため息が漏れる。

 スピの介は薄く笑いを浮かべながら言った。


「男の子だ。すごく悲しんでる。『ママ、どうして僕を殺したの?』って……。君、過去に何か、心当たりあるんじゃないかな?」

「な……無い、です。わ、私……そんな」

「へえ?」


 スピの介はその言葉を聞いて笑う。


「おかしいな。僕にはちゃんと視えている、一人、二人……三人かな。生まれる前に殺された赤子の魂が。

 本当に、心当たり……ない?」

「な、無い……です」

「ふぅん。でもね、水子って実の母親にしかとり憑かないわけじゃないんだ。

 水子は生まれる事が出来なかった子供の魂なんだ。それは生きてる人間、生まれる事が出来たひとたちへの嫉妬だね。

 だから、自分と違って生まれる事の出来た親類家族を恨み、祟り、憑りつく。

 心当たり無いかな、親とかお姉さんとか叔母さんとか、お祖母ちゃんでもいいよ、堕胎したっていう話。

 ああ、恥ずかしくて言ってないのかもしれないね、君に。でもあるんじゃない? 心当たり……」

「……」


 彼の穏やかな口調と、観客のざわつきが彼女の恐怖を駆り立てる。

 スピの介は恵の肩に手を置いた。


「この水子がね、君に嫉妬してるんだよ。君が生きて、成長して、恋もして、楽しく生きてることにね。だから金縛りにあわせたり、君を苦しめたりしてる」

「そんな……」


 一ノ瀬さんは涙ぐんでいた。


「大丈夫、俺が除霊してあげるから。ただね、これは結構強い霊だから、ステージじゃ無理なんだ。後で個人的に、しっかり時間かけて除霊してあげる。連絡先教えてくれる?」

「はい……」


 一ノ瀬さんは震える手でスマホを取り出した。


 僕は、見ていられなかった。

 これは嘘だ。

 だって、僕には視えているから。


 一ノ瀬さんの周りには確かに霊がいる。だけど、それは水子なんかじゃない。老婆の霊だ。おそらく彼女の祖母か、曾祖母だろう。穏やかな表情で、一ノ瀬さんを見守っている。


 そして、水子の霊なんて、祟ったりしない。


 僕が視てきた限り、赤ん坊や子供の霊は、ただそこにいるだけだった。泣いたり、笑ったり、遊んだりしているだけ。大人の霊のように、執着や怨念を持っていることはほとんどない。


 スピの介は嘘をついている。

 あの女の子を騙して、個人的に会おうとしている。

 僕の中で、何かが熱くなった。


「……違う」


 自分でも気づかないうちに、声が漏れていた。それは、喧騒にかき消されるほど小さな呟きだったはずだ。しかし、ステージ上のスピの介は、地獄耳でそれを捉えていた。

 僕に視線をやり、そして――にやり、といやらしい笑みを浮かべた。

 先程まで彼女に対して浮かべていた好色な笑みとは別の、いやらしい笑み――悪意を孕んだ笑顔。

 ぞくり、と僕の背筋が泡立つ。


「ん?今、何か言ったか?そこのスタッフ」


 全ての視線が、僕に突き刺さる。スポットライトの光が、僕の顔を灼いた。頭が真っ白になる。


「いや、あの……」

「違う、って聞こえたけど?何が違うんだよ」


 スピの介はマイクを僕に向け、にやにやと笑っている。ショーの余興を見つけた、という顔だ。

 僕はもう後には引けなかった。ここで黙れば、あの女性は彼の毒牙にかかってしまう。それは、駄目だ。

 知り合いでも何でもない無関係な人だけど――嫌だった。


「その人には……水子なんて、憑いていません」


 震える声で、僕は言った。

 会場が、しんと静まり返る。次の瞬間、スピの介はマイクを通して腹を抱えて笑い出した。


「はっはっは!なんだこいつ!バイトのガキが、俺の霊視にケチつけんのかよ!」


 観客からも、くすくすという嘲笑が漏れ始める。


 スピの介は鼻で笑った。


「ほう。君は霊が視えるのかい?」

「視えます」

「じゃあ、何が憑いてるのか言ってみなよ」


 僕は一ノ瀬さんの方を見た。彼女は困惑した表情で僕を見つめている。その横に、老婆の霊が立っている。


「おばあさんです。おそらく彼女の祖母か曾祖母。穏やかな表情で、彼女を見守っています」


 恵が息を呑んだ。


「おばあちゃん……」



 スピの介は腕を組んだ。

「へえ。で、なんで水子は祟らないって言い切れるんだ?」

「僕が視てきた限り、子供の霊は祟ったりしません。ただ、そこにいるだけです」

「もしかして」


 スピの介はゆっくりとこちらに歩いてきた。そして、マイクを僕に向けた。


「子供は天使とか言い出す、頭のユルいこと言っちゃってる?」


 客席から笑い声が起こった。


「違うな。ガキほど残酷な生き物はいない」


 スピの介の声が、会場に響く。


「ガキが純粋無垢な天使ちゃんなら、虫とか生き物を平気で殺すか? 幼稚園や小学校を見ろ。残酷に、痛快に、いじめの温床だ。躾なきゃガキは動物同然なんだよ」


 僕は何も言い返せなかった。


「お前みたいな甘ちゃんがさ、霊が視えるとか言って、適当なこと言ってんじゃねえよ。この業界、そういう奴が一番迷惑なんだよ!!」


 スピの介は僕を指差した。


「いいか、みんな。こういう奴が、霊能の世界を貶めるんだ。中途半端な知識と、思い込みで、人を惑わす」


 それは正義だった。それは断罪だった。そして僕は、悪だった。

 そう、演出されていた。

 スピの介は一ノ瀬さんに向かって、優しく語り掛ける。


「君はどうしたい? 助かりたいのか、助かりたくないのか……」

「わっ……私は……」

「うんうん」

「ほっ、ほんとは……い、嫌だけど……でもっ、このままじゃいけないって思ってるんですっ」

「うんうん」

「だから……だから……除霊をっ……お願いしますっ」


 一ノ瀬さんの目からは涙が溢れ出していた。


「そう、わかったよ。それじゃあさっそく話を始めようか」


 スピの介は優しく微笑むと、彼女の肩を抱く。

 そして僕を見て、信じられない事を言った。


「……ああ、視えた。視えちまったよ」


 彼はマイクを握りしめ、会場全体に響き渡る声で叫んだ。


「お前にも水子が憑いてるよ!それも一体や二体じゃねえ!うわ、すげえ数だ!お前、何人孕ませて降ろさせたんだよ!」


 時間が、止まった。

 何を、言われた?理解が追いつかない。

 僕の周りで、観客たちが「うわあ」「最低」「クズだ」と囁き合っているのが聞こえる。


「言ってるぜ、お前の水子たちが。『パパ、次は殺さないでね』ってよ! わかったか、斉賀埼高校二年一組、八坂祐介くぅん!!!」




 ◇


 イベントが終わり、後片付けもそこそこに、僕は逃げるように会場を後にした。

 部長や部員たちが何か言っていたが、耳には入らなかった。


 夕暮れの風が、火照った頬にやけに冷たい。湾岸エリアの、だだっ広いアスファルトの上を、僕はあてもなく歩いていた。


 結局、いつもこうだ。僕のこの目は、何の役にも立たない。それどころか、下手に口を開けば、今日のように人を不快にさせ、自分自身が笑いものになるだけだ。


 もう、誰とも関わりたくない。この目も、感覚も、全て閉ざしてしまいたい。いっそ、何も視えず、何も感じない、普通の人間になれたら、どれだけ楽だろうか。

 涙が滲んできて、僕は乱暴に目元をこすった。その時だった。


「見事な負けっぷりだったな」


 不意に、背後から声をかけられた。振り返ると、そこに一人の男が立っていた。

 年の頃は二十くらいだろうか。今日のイベントで、僕たちと同じスタッフ用のビブスを着ていたのを覚えている。しかし、他のアルバイトとは明らかに雰囲気が違っていた。

 彼は、僕がスピの介に晒し上げられている時も、ただ腕を組んで、値踏みするようにこちらを眺めていたのを覚えている。


「……何ですか」


 警戒心を剥き出しにして、僕は答える。これ以上、誰かに傷口を抉られたくなかった。特に、あの男の関係者なんかには。

 男は気にした様子もなく、僕の隣に並ぶと、同じように夕暮れの空を見上げた。


「スピの介、だっけか。あれは三流の詐欺師だが、ショーマンとしては、まあまあ一流だ。ギリでな、二流よりの。

 ま、完全にアウェイの舞台で、プロに喧嘩を売ったんだ。お前の完敗だよ」

「……分かってます。放っておいてください」

「あの女に憑いてたのは、確かに水子じゃなかった。お前の言う通り、老婆だ。年齢は八十歳くらいの白髪。皺の寄った柔和な顔で彼女を見守っていた。手は右利きかな。服装は決して派手じゃない。

 違うか?」


 僕は、息を呑んだ。男が語った内容は、僕が視た光景、流れ込んできた情報そのものだった。なぜ、この男がそれを知っている?

 僕が驚愕に目を見開いているのを見て、男は満足そうに口の端を上げた。


「あんたも、視えるの……?」

「いや、全く。俺に霊感の類は一切ない」


 男はあっさりと否定した。「じゃあ、なんで……」と混乱する僕を無視して、彼は続ける。


「ていうか、今のってそれっぽく言っただけの嘘ハッタリだけどな」

「え……?」


 男はいたずらっ子の顔で笑った。


「バーナム効果、何にでもだいたいあてはまるって奴だ。俺はそれっぽいことしか言ってないが、しかしお前はそれを脳内でそうだと合わせた。

 よくあるやつだよ、「あなたの父親は死んでいませんね」って。死んでない、死んでて居なくなってる、どっちともとれる。ようするに……ハッタリだ」


 悪びれずに彼は言った。


「お前の敗因はあれだも空気を読めなかった、そして空気を作れなかった。

 真実が常に正しいとは限らない、事実が虚構に勝るとも限らない。特に、ああいうエンターテイメントの世界ではな」

「……」


 まただ。また否定される。僕が見たものは、結局、何の価値もない、ただの幻覚や妄想なのだ。そう言いたいのだろう。僕は唇を噛みしめた。

 しかし、男の口から出た言葉は、僕の予想を完全に裏切るものだった。


「だが、勘違いするな。お前の視たものが、空想や妄想だと言っているわけじゃない」

「え……?」


 男は、僕の目をまっすぐに見て言った。


「それは『共感覚』だ」

「……共感覚?」


 聞き慣れない言葉に、僕は眉をひそめる。


「ああ。ある刺激に対して、通常の感覚だけでなく、異なる種類の感覚も自動的に生じる知覚現象だ。例えば、文字に色が見えたり、音に形を感じたりする。

 感情や性格に色がついて視えるなんてのもあるぜ。それが俗に言うオーラ視覚って奴だな。

 そしてそれは、病気じゃない。

 脳の機能過多、神経回路の特殊な発達……そう言われてる」


「……」


 僕は息を呑んだ。


「つまり、僕が視ているのは……」

「おそらくは、場や人、物体に付いている情報の残り香、思念、そういったものが姿かたちとなって視えるというタイプの共感覚。

 それがお前の霊感の正体だ。たぶんな」

「た、たぶんって……」


 僕は笑い飛ばそうとした。だけど、できなかった。

 熱いものがこみあげてくるのが解る。

 初めてだった。

 誰かに、こんなふうに言われたのは。

 信じる、と。本物だ、と。こういったふうに説明が出来るのだ、と。

 頭からの完全否定でも、妄信的な肯定でもない。

 ただそういうものなのだ、と客観的とも言える事実の陳列。


 涙が溢れそうになった。


「だけど、それじゃあ駄目だ。確かに視える、だけど視えるだけ。それを活かす知識も方法もお前には無い。

 それを解釈し、言語化し、相手に伝える術を持っていない。だから、プロの詐欺師にいいようにあしらわれるんだ」


 男の言葉は、一つ一つが的確に僕の核心を突いていた。そうだ。その通りだ。僕には視えるだけ。それだけだ。口八丁手八丁で渡り歩いてきたスピの介のようなプロには、到底かなわない。


「所詮は、視えてしまうだけのものなんだ……」


 自嘲の言葉が、口から漏れる。悔しさと、ほんの少しの安堵が入り混じった、複雑な感情だった。


「だけど」


 男は、僕の顔を覗き込むようにして、にやりと笑った。


「泣きそうなツラして、腹の中じゃ煮えくり返ってるんだろう?あの野郎に一発お見舞いしてやりたい、ってな」


 図星だった。

 悔しかった。恥ずかしかった。でも何より、許せなかった。

 あの嘘つきが。

 そして、あの女の子を騙して……それを見ているだけで何もできない自分自身が。


「なら、俺と来い」


 男は、僕に手を差し出した。


「俺なら、お前を上手く使える。そして、お前なら、俺を上手く使える」


 彼の目は、冗談を言っているようには見えなかった。真剣で、射貫くような光を宿していた。


「お前は俺の目になれ。代わりに俺は、お前の手足や口先になってやる」


 その言葉は、悪魔の囁きのように甘く、僕の心の隙間に染み込んでいった。

 この人と組めば、僕は変われるのかもしれない。この呪いのような能力を、初めて「武器」として使えるのかもしれない。スピの介に、一矢報いることができるのかもしれない。

 ゴクリと、僕は唾を飲み込んだ。


「あんたは……いったい、何者なんだ?」


 僕の問いに、男は不敵な笑みを浮かべた。夕日が、彼の横顔を赤く染めている。


「俺は草薙獅童(くさなぎしどう)。お前と共に、最強の霊能者になる男だ」

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