第2話
眼前に連なる丘陵は乾いた土山で出来ている。
見渡す限りの荒野だった。白と黒の疎らな地面は、枯れて水気が全くない。
赤茶けた低木が地に蹲り、白く枯れた根が地面に這っている。
黒く尖った樹の残滓に幾羽もの烏が乗っていた。
荒野に立ち入る命ある闖入者を遥か遠目に睥睨している。
バルバニア公国アルバレスト領、古戦場跡。
国軍の調査大隊は荒野の際に基地を設け、一夜を明かした。
陽光に押されて古戦場跡に出る。
星辰界を漂う霊子は陽に顕現を阻害される。
彷徨う二万の魂の只中、夜を迎えて導きを祈る無謀はいない。
日中に主な調査を終え、陽が落ちるまでに基地に戻る行程だ。
編成の後、三日。
陽は朱色の手前。
延々と続く灰色の先で先行の馬が速度を落とすのが見えた。
先導する騎兵と守護の衛兵。
測量と地質の技師、学者、公国の指揮者を乗せた一団。
浄化師、そして祓魔師を乗せた教会の馬車。
暫く待って伝令が回る。
馬を有する雇兵は各々周囲の警護に配されていた。
ラグナスとサイクはその一員だ。
予定の区画の調査を終え、これが最後の休息だった。
後は補給隊の待つ基地までを駆ける。
水辺の位置で行程と休息は決まる。今日は落日に追い込みがあった。
ラグナスはサイクの脚を停め、辺りを見渡した。
申し訳程度の水辺は混むが、基地までのひと走りにはまだ余裕も見られた。
「ラグナス、そいつを休ませてやれ」
仲間内から揶揄いの声が声が飛ぶ。
平時のサイクの見目は鈍重だ。しかも始終不機嫌そうな目をしている。
ラグナスは手を上げて応え、鞍を降りた。
事前調査と銘打ってはいるが、大隊はかなりの規模がある。
ラグナスのような民間枠もあったが、市井の情報は制限されていた。
参加してから噂を聞くに、先見隊に予想以上の霊障が見られた。
とはいえ、これは古戦場跡に限らず各地で事態が報告されている。
一昨年、全土に生じた事象を辿るに亡霊の類が活性化している。
ならば辺りは言わずもがなだ。
古戦場跡には大量の人死にがあった。
曇天ならば昼間でも蛍火の如き霊光が見える。
夜ともなれば幽鬼が跋扈する荒野だ。禁足なのも当然ではある。
幸い人の住まぬ地だった。
遺体は疾うに散り果てており、腐鬼の生え出る場所はない。
もうラグナスも見たくはなかった。
サイクを曳いて着いた水場は浅い。靴に貼り付く土埃だけで埋まりそうだ。
濾されて湧いた水さえ浄化の是非は確かめられている。
浄化師の苦労を思えば勿体ない限りだ。
鐘が鳴った。
ラグナスはサイクの鞍に乗り、留めを解いて借り物の槍を構えた。
布陣の知らせはまだ来ない。危急の合図で皆が戸惑っている。
騎乗と態勢が手順だが、何の知らせかと問う声も飛び交っていた。
応えたのは悲鳴だ。
「祈りを、祈りを、死霊の類だ」
まだ陽が残ると油断をしていた。
「撤収、撤収、基地まで走れ」
本隊が声を掛けている。だが纏まった指揮ではない。
何より非戦闘の馬車が収容を終えていない。
逃げられず、何と戦うかも分からず、未だ伝令のない隊は悪戯に辺りを巡る。
亡霊の類かと思いきや、ラグナスの耳に剣戟が聞こえた。
反乱か。否、我が身を護る事もなく誰彼構わず斬り掛かる音だ。
どうやら幽鬼に身体を奪われた者がいる。
血の匂いを嗅いでラグナスは舌打ちした。
形ばかりの持ち場を離れ、ばらばらと離脱する馬車を掻い潜る。
騎兵の一団、教会の馬車、それを取り巻く兵士たち。先の一団は動かない。
近場の兵士に近付いてラグナスは状況を問おうとした。
気付いて咄嗟に槍先を避ける。
「私は」
正気だ、操られていない。告げようとした相手にこそ殺意があった。
引いて見渡し、向いた刃先の数を見る。
眼前に展開する部隊にラグナスの敵は区別が付かない。
否、ラグナスの味方がいない。
敵だけだった。




