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仮面ノ騎士  作者: marvin
魔宴ノ剣士Ⅲ
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第5話

 緊急事態を知らせる鐘が鳴っている。

 駆ける兵士の目を躱し、ザビーネは遺跡の奥へと進んだ。

 一足ごとに予感が下腹を騒めかせる。その焦燥と怖気に震えた。

 天の抜けた高い壁があった。その石造りの峡谷の向こうは大きく開けている。

 舞台の如き円形の広間。並び置かれた壇。黒い塊。

 蟲のように床を這い埋める管。

 辿ればその中央に石碑があった。

 微細に残った縁飾りの中は黒い、ただ黒い。

 燈の照り返しか見紛う淡い光芒が表面に揺れている。

 だが、それは外を映したものでない。碑そのものの中にあった。

 床を這った夥しい導管は、石碑とその前に蹲る黒々とした塊に繋がれている。

 ザビーネは無意識に目を逸らした。

 床の管は、高く厚い擂り鉢状の石室の縁に延びている。

 蟠る暗がりの中、積まれた属具とを結んでいる。

 ザビーネの間近にもそれはあった。

 死臭がある。隅の暗がりに積まれているのは人だ。

 蒸気駆動の喞筒と思しき機械が無数の管に液体を吸い上げている。

 再び辿って舞台に目を遣る。

 もうザビーネにも気が付いていた。

 今度こそ忌避を押して黒い塊に目を向ける。

 黒い獣だ。

 萎えそうな脚を踏みしめ、挑むように凝視する。

 記憶には朧気だ。細部は分からない。だが、似た物だ。

 凡そに人型、四肢の先は猛禽。

 彫像めいた滑らかな肌には蛭のような艶がある。

 垂れた髪は胸元に落ちるが、そこには二つの膨らみがあった。

 模る幼い女体に頬を顰めた刹那、不意に獣が首を捩じってザビーネを凝視した。

 否、眼はない。顔もない。

 のっぺりと滑らかな面が、遠くにザビーネを映し込んでいる。

 胸の内に悲鳴を上げた。

 上方で椅子が床を擦り、機材をばら撒く音がした。

 呪縛を解かれて見上げてれば、男が感嘆の呻きを発している。

 ザビーネは擂鉢に切られた通路を駆け抜け、碑の立つ円形広場に走り出た。

 身体を捻って見上げる。

 不明の器具と書類の山に堆く囲われた一画がある。

 乱雑な机上の燈がその男を照らし上げていた。

 やはりそうだ。

「メッサーラ」

 ザビーネが声を上げた。

 声と黒い獣の向く先を辿り、男は顔を顰めた。

 まるでその名が自身だと気づくに、少し間を要したかのようだ。

 億劫に手を振り兵を呼ぶ。

「贄がこちらに迷い込んだぞ」

 捕らえろ、冥界ノ門(デュミナス)に近づけるな。

 苛々と声を上げるや、四方に鉄の跫音が響いた。

 幾人もの兵士が擂鉢状の床を駆け下りて来る。

「漸く見つけたぞ、領主サマよ」

 吐き捨てザビーネは駆け上った。

 知らず薔薇の館で下衆に投げた口調が転び出る。

 メッサーラを目指して擂鉢に弧を描き、交差する兵士を一刀で刎ねる。

「テメエのケツに焼けた鉄串をブッ刺してやるから覚悟しな」

 メッサーラが目を剥いた。その物言いか、記憶に何かが閃いたのか。

 駆け込むザビーネの刃の届く手前、兵士が横から割り込んだ。

 突き出す槍の柄を掴み取り、身体を捻って蹴り飛ばす。

 隙にメッサーラの姿が消えた。

 階下に走る元領主は思いの外に身が軽い。

「生かして捕らえろ、よもや適正があるのやも知れん」

 擂り鉢の坂を駆け下りながら兵士に叫ぶ。

「フザケンナ、テメエのおかしな祭礼なんざ二度と御免だ」

 二度と、とは。

 メッサーラが声に出してザビーネに問う。

 儀は幾度も試みたが生き残った贄はない。その筈だ。

「ノウムカトルを忘れたか、その黒いのに喰わせただろう、あたしらを」

 駆け寄る兵士を斬り抜いてメッサーラに追い付く。

 ザビーネの切っ先が喉を掻き切った。

 だが、その手応えに舌打ちする。

「テメエもかよ」

 裂けた皮膚の下に硬質の人為物があった。

 その口許は何かを唱えて綻んでいる。

 否、本当に笑っていた。

 不意にザビーネは黒い暴風の横殴りを受けた。

 躱し切れずに撥ね跳んだ。

 眼前が闇に呑まれる。

 否、眼前にあるのは黒々とした顔のない顔だ。

 黒い獣がザビーネに圧し掛かっていた。

「鍵よ、鍵よ、私は為した」

 メッサーラの声が耳鳴りの向こうに響く。

 黒い獣の強靭な前肢がザビーネの肩を押さえて離さない。

 鍵爪が身を裂き、肢そのものがザビーネに食い込む。

 獣のそれは固形と影とも言い難い。ザビーネの身体が呑まれていた。

 黒い、黒い獣の顔にザビーネが写る。

 それが撓んで縦に裂けた。

『ザビーネ』

 闇の裂け目が名を囁く。

 その声色に耳にして、悲鳴の石が喉に詰んだ。

 アデリーヌ。ひとつ下の内気な友達。

 ザビーネの背に半身を隠し、後ろ手に指を絡めた少女。

 歪んだ情動にザビーネは知った。

 あんたが、あたしを。

 伸し掛かる顎を突き上げ獣に抗う。侵し犯そうとする悪夢を必死に振り払う。

 二つに割れた淫蕩の裂け目がザビーネに迫る。

 呪詛の様に彼女の名を呼びながら、それはザビーネに食らい付いた。

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