第2話
オベロンの世界がさかしまに映る。
彼の頬を擽る長い髪の先にユミル・クラウザの白い顔があった。微笑んでいる。
両の手が赤い。指先まで真っ赤だ。
深夜。
ユミルがオベロンを連れ出した。
血に塗れた短刀をその手に握ったまま。
ふわりふわりと舞うように、ユミルは敷地の外れにオベロンを引いて行く。
泉の畔、月に色を吸われた花は皆どれも白い。
真っ白だ。
「父さまが私を犯そうとしたの」
身の程知らずね、とユミルが笑う。
父の求愛にユミルは呆れ、その顔を短刀で刻んだと云う。
オベロンは呻いて息を吐いた。
聞きたくもないし、知りたくもなかった。
だが逃げようと彼女が言うなら、手を解くほど薄情でもない。
途方に暮れつつそう思う。
ならば此処よりもっと遠く。
ユミルがオベロンの手を引いて、水辺の花に引き倒した。
割れた蛹が頬を擦った。
いつだったか、ユミルと此処で蝶を見た。
実物を見るのは初めてで、当時のユミルは羽化をよく知らなかったらしい。
指に潰れた蛹を眺め、ユミルは蝶と見比べていた。
そのどちらを美しいと思ったのだろう。
不意にユミルが服を脱ぐ。
花弁のように引き毟る。
オベロンを敷いてのしかかる。
朱黒く染まったユミルの指は抗えないほど強靭だった。
ユミルの身体が月あかりに白く翳る。
美しかった。
まるで情欲を持て余した御使いのようだ。
こうあるものかと試しながら、ユミルは拙くオベロンの全てを貪り尽くした。
息遣いが水音に融ける。
草の匂いに押し付けられてオベロンは微笑むユミルをぼんやりと見上げていた。
ユミルはオベロンに身を伏せて、徐に放り出した短刀を手に取った。
自らの頸に刃を潜らせ、笑う。
掻き切った。
焼けた鉄の雫がオベロンの上に降り散った。
ユミルの身体が溶け落ちた。
漏れ出た息が耳許に、ごろごろと鳴る。
貴方は蝶。私の翼。羽化の時を待っている。
囁く声が聞こえた気がした。
翌日。
血溜まり縺れた二人が見つかった。
ユミルの頸はほとんど千切れ、白い花々の群生を一面赤黒く塗り固めていた。
遺体を抱いて眠るオベロンの傍には微笑む彼女の頭があった。




