第2話
乗り合い馬車が道を行く。
山裾に近いクラヴリーの里に向かう便だ。
八人ほどの乗客に対し、警護の衛士が四騎もある。
鬼獣を警戒し配された領府の雇兵だ。ことこの路は被害が大きい。
ラグナスの聞いた話では、少女の失踪が発端だった。
被害は幾人をも数えたが、犯罪の類とは見做されなかった。
範囲が拡大したからだ。今では老若男女の境がない。
失踪は鬼獣の仕業と断じられ、領府は衛士を増員した。
とは云え国軍は手が足りず、雇兵も募集が間に合わない。
已む無く領府は国外を当たり、手隙の傭兵を雇い入れた。
客車の警護もそれだろう。
相当強引に呼び寄せたせいか、彼らはどうにも愛想が悪い。
幌の隙間に覗き見て、ラグナスはそっと肩を竦めた。
彼の脳裏の隅、別の視野には路を外れた森がある。
たまに手頃な草を食みつつ、サイクが跡を追っていた。
被害のあった里の範囲は二人の予定にほど近い。
山の裾野に遺構があって、教会指定の禁足地になっている。
鬼獣棲息の範囲でもあり、人は近づきもしない場所だ。
そもドワールフォートに入った折り、二人はダントリク領を探った。
ギルーク・メッサーラが領主と目されていたからだ。
だが、領館にいたのは別人だ。
正しくは、別の名を騙る領主の代理だ。
ギルーク・メッサーラと思しき領主は、殆ど人前に姿を見せない。
どうやら領館を長く空けているらしい。
そこで調査の角度を変えた。
物資の流れは完全に消せない。こと禁足地を向いた輸送は噂に残る。
割り出したのがクラヴリーの遺構だ。
かつてラグナスの垣間見た地図にも、その遺構の標はあった。
ヴィアラットの坑道都市と同様のものだ。
折しも鬼獣の騒動に二人は領主の係わりを睨んだ。
「それじゃ旅行と洒落込もうよ」
言い出したのはザビーネだ。
手早く現場に係わるのなら、里人に紛れた方が都合が良い。
ザビーネはラグナスの手を引いて、乗り合い馬車に飛び込んだ。
こうした行動はザビーネが早い。
しかも人受けが良く口も上手い。
良くは即興、悪くは場当たり。愛想と腕力で切り抜けるのが定番だ。
クラヴリー行きの待合いを見渡し、客に場を仕切る婦人を見極める。
ザビーネはするりと懐に入ると、二人の事情に駆け落ちを仄めかした。
事情を聞いてはいけない類の訳ありを装う。
ラグナス当人も知らぬ内に、そんな筋書きが出来ている。
場仕切り夫人の想像の内にも、そんな物語が膨らんでいた。
馬車が街の境を越える頃には、ザビーネは里の宿まで取り付けていた。
口数の少ないラグナスも、愛想は決して悪くない。
若く見目好く裏がないからだ。
若い二人の道行きに、気付けば周囲は色々と世話を焼いていた。
ラグナスの実齢は二六だが、二十歳の境に外観は留まっている。
ザビーネはさらに歳若い。身体の経年が遅滞している為だ。
決して楽しい事ばかりではない。
ザビーネを大人と見た世代も、今では見掛けが逆転しているだろう。
乗り合い馬車は一日ほどの旅程を進む。
早朝に出て陽と競い、夜までに里に駆け込む段取りだ。
適宜に休憩を挿みつつ、次が最後の停車となった。
客車の中は和やかだが、相変わらず警護隊との交流はない。
客は客、警護は周囲に立ちつつも、無愛想に藪を睨んでいる。
休憩の折、ザビーネは逢引きを匂わせてラグナスを連れ出した。
密談のできる木陰に引き込む。
「やっはり里への出入り以外に大きな馬車が通ったみたい」
乗り合わせた客に聞いた話をラグナスに告げる。
「サイクも消し残した轍を見つけたようだ」
ラグナスの報告に頷いてザビーネが小鼻に皺を寄せる。
「なら、この失踪もやっぱり」
石碑に贄を捧げている。
ザビーネがあの日に垣間見たのは、闇の様に黒い獣だ。
記憶を辿ると痛みに掠れ、未だ頭に鍵が掛かったようになる。
「人を贄に何かを呼ぼうとしている、そう考えるのが妥当だな」
「何だって、そんな悪趣味を始めたんだか」
無理に陰気を振り払い、ザビーネは鼻息を荒くする。
坑道都市の遺跡のように、折れた石碑に血迷う者も出る程だ。
得る価値は常人に量れない。
「異教、異端の類だが、それだけとも思えない」
むしろ、箍の外れた魔術師の探求だ。
「ラグナスの身体にも関係あるんだよね」
「どこかで繋がってはいるようだ」
彼らは一体何者か。
個々は歪んだ探求者の寄合いだ。しかも互いの成果を秘匿している。
御心に背いてでも究極に至る魔術師たち。
だが、そんなものが組織として成立し得るとも思えない。
いずれ星辰界に迷うか冥界に堕ちる。
天界の門を潜る事のない輩だが、現世に放っては置けない。
ラグナスの目と呟きにザビーネは思わず手を重ねた。
「だけどさ、それを言うならあたしらだって」
「心配しなくていい」
ラグナスは、何の恥ずかしげも気負いもなくザビーネに応えた。
「僕が一緒に行くとも、二人なら平気だ」
空を空だと指差すように彼の言葉はあっけらかんとしている。
「真面目か、馬鹿」
ザビーネは口を尖らせた。
「今更あたしを口説くんじゃない」




