第8話
海原は朱く凪いでいる。夕陽は間もなく沈み切る。
遥かな先に疎らな灯があった。未だ沖に停泊する入港待ちの船だ。
大型船舶の港湾は広い。この広い水底に敵がいる。
ダリルとラグナスは突堤の先にいた。
袂の封鎖を越えて来た為、立つのは二人きりだった。
罪深きものモルスクスは軟体動物を模倣する。
姿こそは見通せないが、奪った演算殻は繋がっている。
「此処からやれるのか」
ラグナスが感心する。
威力は大幅に減衰するが狙撃は可能だ。活動不能には追い込めるだろう。
ただしダリルも暫くは極端に活動が抑制される。回復に凡そ半日は掛かる。
前提は、ラグナスが信頼できる事にある。
問題はない、そう判断した。
ダリルは腕を擡げ持ち、気付いて両手の指抜きを外す。
封印の意味もあったのだろうか。
考え至ってマリエルを想う。
僕が人でいられるように。
腕が変形して砲身になる。髪一筋の照準誘導が海に空隙の筒を射す。
その先に目を剥く兄弟の姿を見て、ダリルはそれを撃ち込んだ。
物質の光芒。
破裂する海原。
潮の焦げ散る濃い匂い。
熱い蒸気を孕んだ風が突き抜け、二人は湾を根に張る積乱雲の只中にいた。
やがて大波が港に打ち付け、遥か沖の灯が揺れる。
最後の夕陽を掻き消して桶を返したような大雨が降り注いだ。
ダリルの指先が復元するや彼の機能は大きく落ちた。
土砂降りによろめくダリルの肩を力強い腕が支える。
「同じではない」
ダリルが譫言の様に呟く。意識が揺れて朦朧としていた。
「僕はマリエルと同じではない」
荒れた海原に形の異なる波が立った。
港に突き出た堤の先から幾つも人影が海に飛び込んで行く。
迂闊だった。ダリルが呻く。
モルスクスの従機たちだ。
損傷に対する自動措置だろう。従機を使って本体を補う再生機能だ。
「炉心殻を、あいつが復活してしまう」
ラグナスが応えて頷いた。肩に掛けた頭陀袋が落ちる。
「人ではない、同じではない」
籠る声でラグナスは言った。
先のダリルの呟きに、我が身を乗せて彼は応えた。
「だが、決して偽物ではない」
燃えるような朱い眼が海原を睨んでいた。




