第4話
マリエルとザビーネの二人は街の裏手を歩いて過ぎた。
ダリルの姿を見た者は、それなりにいた。
朱く手を染めた美しい少年は相当に目を引いたようだ。
中には奇異な証言もあった。
驚くほどに速く駆けたり、助走もなく大人ほどの柵を飛び越えたり。
ザビーネは目を丸くしており、マリエルは隣で頭を抱えた。
そうこうするうち、街の外れだ。
水路の向こうは柵がある。先は鬼獣のいる森だ。
「諦めて宿で待ちます、すみません」
マリエルは漸く泣くような声で言った。
ずんずん歩くザビーネに道々さんざん逡巡し、やっとそれを口にした。
早く言え、と詰られるのを覚悟する。
ザビーネはふと立ち止まる。
んー、と黒髪をがしがし掻いた。
「マリエルは魔術師?」
唐突に訊く。
彼女は対話に押しがあり、それに甘えた道行きだ。
逆にマリエルはとことん内気で、大事な事も言い出せない。
それでも閊えて訥々、言い淀みの中から言葉の端に拾ったのだろう。
「修士です」
まだ学生と変わりがない。
だが、そうした意味の謙遜も恐らく届いていないのでは。
気付いて焦った。自慢のつもりは毛頭ない。
ザビーネは感心しきりだが、魔術師の同類には眉を顰められるのが常だ。
魔導工学などと意味不明の学位だからだ。
「連れは弟、だっけかな」
みたいなものだ。
「荒事なんて経験ないか」
話の方向が少しおかしい。
ふうむと唸るザビーネはマリエルの表情に片眉を上げた。
「どうにも絡まれ方がキナ臭い、あの連中もしつこいしさ」
そう言いながらザビーネは、肩で留めた裾長の外套を無造作に解いた。
思った通りの細身だが身体の緩急は理想の上だった。
腰の上が蜂のように縊れて見える。
陶然と竦むマリエルにザビーネは外套を手渡した。
思わず取った布からするり、細身の剣がザビーネの手に残る。
驚く間もなくザビーネは背を向けた。
先には男が三人、見覚えのある商人だ。
「しつこいったら、ありゃしない、それじゃ兄さん嫌われちゃうよ」
抜き身の剣を手にしていても三人は表情もなく近づいて来る。
ザビーネは警告もしなかった。
無造作に剣を差し上げるや、そのまま手近の男の喉を払った。
男の頭は天を仰ぎ、背中に折れて吊り下がった。
朱い飛沫が胸元に零れる。
思わず外套を掻き抱き、マリエルが悲鳴を噛み殺す。
「赤くするなら匂いも似せな、あんたら作り物だろう」
平然と告げるザビーネの言葉に、マリエルは頬を強張らせつつ凝視した。
血飛沫の吹く喉元に循環液の断管がある。
「魔導機」
マリエルの悲鳴にザビーネが笑う。
「そいつはよかった、連れと違って祈詞は苦手だからね」
ザビーネには驚きも後悔もない。
どこまで確信して手を出したのか、幾分思い切りが良過ぎる気もする。
彼らも俄かに姿勢を崩した。知られて人の姿をかなぐり捨てる。
袖を裂いて腕が伸びた。
関節さえも見当たらぬ軟体の肉肢をザビーネに振る。
彼女は避けるどころか前に出た。
刃を滑らせて絡め取り、その胸元を蹴り込んだ。
靴底を圧して蹴倒すも彼女の片脚は揺るがない。ぴんと張った姿勢のままだ。
そのまま横手の男に短剣を投げた。
気付けば眉間に柄が生えている。
かたかたと頭を振る男の喉にザビーネは剣の切っ先を突き通した。
ところが、どうやらどうやらまだ生きている。
生きているかどうかは別にして、動いている。
首を背中に垂らした一人は、前が見えずにただ$8E20く。
胸を蹴られたもう一人は、蛸が身を捩るように腕を巻く。
身体の皮が伸び足らず、裂けて真鍮の肉が覗いた。
見目は間抜けというよりも、人体の可動域を無視した冒涜に映る。
頭に短剣を埋めた男が、ぬるりとした動作で動いた。
ザビーネからにじり遠去かる。
不意に転げて二人と絡まるや、後ろに跳ねた。
跳ぶように走り去る。
ザビーネは半ば呆れて眺め、後を追おうとはしなかった。
何気に彼女が庇う位置にいた事に気付き、マリエルは息を吐く。
礼を言って震える脚を踏み締めた。
「やれ人外に言い寄られるなんざ、マリエルも隅に置けないね」
あんなのは御免だ。
尖らせた口を見てザビーネが笑う。
「事情はまるで分からないけど、こうなるとダリル? も危ないかな」
表情を改めてマリエルに問う。
「あの子なら、多分何とかできます」
「そりゃあ凄い、だとしたらマリエルの方が心配だ」
剣を収めて抱えた外套に手を差し出す。
マリエルは少し渡すのを躊躇った。
剣戟に怯えて抱え込み、皺を付けたのが恥ずかしい。
「乗り掛かった船でもあるし、もう少し付き合わせて貰おうかな」
ザビーネの言葉に驚いて見上げる。
それこそマリエルは彼女の事情を知らない。
「何だかね、こっちの方が早く会えそうな気がするんだ」
あたしの勘は当たるんだよ、とザビーネは言って微笑んだ。




