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仮面ノ騎士  作者: marvin
仮面ノ騎士Ⅴ
71/121

第1話

 再臨歴一九七七年、大陸東部

 ヴィアラット公国バイヤール領、坑道都市、禁足遺構


 掲げた灯りが照らすのは、尖って欠けた岩の壁だけだ。

 近場に登る手掛かりはない。頭上は光も届かない。天蓋は遥かに先の方だ。

 大空洞の底が抜けた。

 恐らくそうに違いない。

 ザビーネは燈火を足下に向けた。

 瓦礫の傾斜が流れる先は、凪いだ夜の大海のようだ。闇が深く澱んでいる。

 覗き込むのを諦めてザビーネは皆の所に引き返した。

 委細は想像するしかない。

 保工班が駐留所の廃材を竪穴に棄てた。

 係留の綱を辿って蜘蛛が遡上した。

 その際蒸気炉が竪穴に落ち、破裂。

 緩んだ地盤が連鎖して大空洞の底が抜けた。

 ドロール監督の言葉を繋げば、おおよその経緯はそうだろう。

 ザビーネは別の可能性も考えた。

 大蜘蛛(アラニエ)の巣を潰す為、わざと蒸気炉を破裂させたのではないか。

 無論そんな話は聞いた事がない。できるかどうかも分からない。

 ただ、領府が教会の撤退指示に素直に応じたとも思えない。

 何か鬼獣に置き土産を。そう考えてもおかしくはなかった。

 何よりあの時、ラグナスはドロール監督を問い質した。

 彼にはこうなる懸念があったのだ。

 ザビーネが生き埋めにならなかったのは幸運だ。

 横穴付近に居た者の多くは、その足場ごと地滑りに乗った。

 此処は恐らく中途に積もった瓦礫の上だ。

 地上に続く横穴は、今は頭の上にある。

 保工基地跡の入り口は恐らく足下に埋もれている。

 共に潰れて跡形もない。

 皆も無事とは言い難かった。

 マルゴとジャサント、ドニは負傷。ドロール監督は意識不明。

 ラグナスとタンカンは未だ行方知れずだ。

 ラザール隊長や他の保工員は地割れの前に蜘蛛の犠牲になった。

 こうしてまともに動けているのは、ザビーネとシラス、モイーズの三人だけだ。

「さて、どうする」

 傷の酷いマルゴを見遣り、ザビーネが問うた。

 皆は揃って口にしないが、そろそろ現実に向き合う頃合いだ。

 当面の救援は難しい。

 生存者のいる確証がなければ、その検討すらないかも知れない。

 だが当事者は生きている。

 ならば埋もれた備品を集め、延命場所を確保しなければならない。

 あるいは敢えて深淵に踏み込み、外に繋がる坑道を探すかだ。

 鬼獣対策も必要になる。

「そもそも古地図があったんだ、通じた道もあるんじゃないか」

 モイーズがそう口にした。

「簡単に言うな、蜘蛛共の巣だぞ」

 苛々とシラスが噛み付いた。

「この有様だ、巣だって潰れているかも知れんじゃないか」

「蜘蛛どもが全滅する筈ないだろうが」

 二人が言い合う。

「でも、禁足地だ」

 ドニがぼそりと呟いてシラスに砂利を投げられた。

「兎に角、何か探しに行こう」

 ザビーネが言った。

 薬品も食糧も何もかもが足りない。着る物にさえ不自由をしている。

 抗毒装衣は捨ててしまった。

 浴びた大蜘蛛(アラニエ)の体液のせいで怪我人の傍には置けなかった。

 助けを待つも路を探すも、まずは装備を見つけてからだ。

「そうだな、いつ蜘蛛が出るとも限らん」

「じっとしていても死ぬだけだしな」

 顔を寄せて言葉を交わすと、シラスとモイーズは腰を上げた。

「あたしが残るよ」

 言ってザビーネはマルゴの傍に屈み込んだ。

 この血のせいで触れられない。手当も満足にできないのがもどかしい。

「蜘蛛が出たら仕舞いだぞ」

 肩を掴もうとしたシラスの手を避け、ザビーネが首を振る。

「心配しないで行って来て、手当てができる物が優先だからね」

 シラスとモイーズが目を見合わせる。

 不意にジャサントが声を上げた。

「まさか、置いて行く気じゃないだろうね」

 二人の目配せに気付いたからだ。

 返事は舌打ちだった。

「ふざけんな」

 立ち上がってザビーネが睨む。

「共倒れは御免だろ、お前も一緒に来い」

 モイーズの言葉にザビーネが剣の柄を探る。

「まあ待て」

 シラスが間に割って入った。

「ザビーネの言う通り、まずは下に降りて装備を探そう」

 シラスの言葉にザビーネの頸が逆立った。

 その生臭い目付きは知っている。真意を問うまでもなかった。

「こいつらの事も考えるさ、だから大人しく付いて来い」

「こんな状況で、貴様」

 覚ったマルゴが半身を起こして声を荒げた。

 シラスがマルゴを蹴ろうとする寸前、ザビーネが庇って突き飛ばした。

 転がるシラスが地を這って剣を掴む。ザビーネに向かって身構えた。

「独りで守れると思うならやってみろ」

 モイーズは既に得物を抜いている。

「聞き分けな、ザビーネ」

 そう言ったのはジャサントだった。

「あんたがちょっと相手をしてやれば、あたしらも守ってくれるって言ってんだ」

 背中の声にザビーネが呆然と振り返る。

「薔薇の館の出だろ」

 ジャサントはむしろ苛立たしげにザビーネを睨んだ。

「勿体ぶるのはよしな」

 ザビーネが息を詰める。

 女衆には隠していなかったが、こんな所で明かされるとも思わなかった。

「本当かよ、見掛けに寄らないもんだ」

「勿体ないな、そっちの方が稼げたろうに」

 シラスとモイーズの声は気にならない。下卑た男の面など見慣れたものだ。

 むしろザビーネは、ぶつけ処のないジャサントへの怒りを噛み潰した。

 向き直って胸を反る。

 長い呼吸を吐き捨てた。

「あんたら、あたしが欲しいのか」

 睨め付けザビーネは言い放つ。

 あたしのここが咥えたのはね、後にも先にも二本だけ。

 邪淫の魔物の一物と、焼けた真っ赤な鉄串だ。

 穢れの孕は鋳潰れたが、おかげであたしの血は毒なんだ。

 あんたらの粗末な代物なんざ、ひと突き持たずに腐って落ちる。

「さあ、度胸があるなら抱いてみせな」

 息も空気も凍り付く。

 誰もが冷えたザビーネの目線から逃げた。

 皆の背に砂利を踏む音がした。

 灯りの縁に立つ影を見て、ザビーネの頬が初めて歪んだ。

 ラグナスは皆を見渡すと、手持ちの荷袋を岩場に下ろした。

 私物の丸い頭陀袋だ。

「なるほど」

 むしろ空気を読みもせず、ラグナスは皆に声を掛けた。

「女の人は生まれながらに英雄の資質があるそうだ。そういう人を知っている」

 痛みを堪えて次の世を繋ぐ力は、正しくそれに相応しい。

 想いを遣ってラグナスは微かに笑った。

「おまえ、よく生きて」

「恥を知れ」

 一変、ラグナスは捕食者の眼を向けた。

 シラスを遮り、静かに告げる。

 例え冥界(ゲヘナ)に焼かれても彼女の高潔は揺らぎはすまい。

 君はその火に惹かれぬように、せいぜい御柱に祈るがいい。

「次はない」

 ラグナスは断罪を宣言した。

 剣すら手にない若者に誰一人として動けなかった。

「ともあれ、生きていて幸いだ」

 不意に表情を和らげてラグナスは皆を見遣った。

「きっと皆は責めたいだろうが、今は互いが必要だと思うんだ」

 そう言いながら振り返り、背に向かって声を掛ける。

 皆が呆然とする中で、ラグナスはエクトル司祭と二人の神職を招き入れた。

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