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仮面ノ騎士  作者: marvin
仮面ノ騎士Ⅳ
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第5話

 大空洞の横穴の前には廃材が山と積まれている。

 それに混じって並ぶのは浄化待ちの討伐班だ。

 抗毒装衣を着ていても、鬼獣に触れた面々だけは念を入れねば周囲が危うい。

 厚い内扉の向こうでは侍祭(アコライト)が準備に走り回っていた。

 当面、並びの先は長い。

 エクトル・モルチエ司祭と補助の浄化師(ピュアフクト)では一度に三人が限界だ。

 それも相当時間が掛かる。此処での夜明かしも考慮の内だ。

 元より此処では昼夜の区別もつきはしない。

 大空洞に残るのは討伐班が八名。

 保工班のドロール監督を始め、幾人かが駐留所の解体に当たっている。

 ラザール隊長はその付き添いだ。

 無論、保工班はこの厚い鉄扉を素通りできる。

 討伐の仕舞いはいつもこうだ。面倒な手続きが待っている。

 ザビーネは内心やさぐれていた。

 彼女だけは、浄化の際に密かな一手間が必要だったからだ。

「監督たちが運んで行った大きいのは何?」

 瓦礫に腰掛けたザビーネは、隣のマルゴに物憂げに訊ねた。

 皆も暇を持て余している。

 忙しいのは駐留所の保工班だけだ。

「解体用の重機だろう」

 答えが返るのに間があった。

 この大柄の副隊長も本来口数は多くない。

 ザビーネの性格に吊られて言葉が加算されている。

 マルゴの知るところ、駐留所の廃材は竪穴に落として処分するらしい。

 廃材を吊る支柱があった、とマルゴは言う。

 一方で、保工基地のこの廃材は万一の補強に使うのだと云う。

「何か組み立ての時より大掛かりだね」

 呆れてザビーネは呟いた。

「此処を出たら皆で打ち上げを祝おう」

 不意にシラスがザビーネに声を掛けた。

「ドニの奢りでな」

 どうやら、すぐ隣でそうした会話があったらしい。

 ザビーネが気に留めていなかっただけだ。

「皆こいつのせいで危ない目にも会ったんだ、それくらいはして貰わないとな」

 シラスがひとりで笑う。

「奢りは兎も角だ、良い店があるぞ」

 冷えたザビーネの目線に気付いてモイーズが口を挟んだ。

 お前も行くよな、とタンカンに声を掛ける。

 討伐班きっての大男はのそりと頷いた。

 彼は無口な上に几帳面だ。

 信心深いのか何なのか、平時でも抗毒装衣を脱がずに過ごしている。

「やめときな、外に出てまでこいつらと顔を合わせるなんて、鬱陶しい」

 ジャサントがザビーネを小突いて笑う。

 彼女を含めた三人が女衆の最後の浄化待ちだ。

 次に司祭の準備が揃えば晴れて陽の下に解放される。

 言い合うシラスとジャサントも雇兵としては顔馴染みらしい。

 語る経歴は上澄み程度だが、それなりに気心も知れているのだろう。

「そうでもないさね」

 ザビーネが問うとジャサントは笑った。

 タンカンは初見、モイーズはこの前街に来た流れ者。

 ドニに至っては債務に追われての初仕事だそうだ。

 その際シラスを頼ったのが運の尽き、こうして纏わり付かれているらしい。

「驚いた」

 解散の間際に事情を知るのもそうだが、よく皆怪我なく生き残れたものだ。

 それだけラザールやマルゴの指揮が良かったのだろう。

 ザビーネが感心する。

 個々が仕事を確実に熟せば成果は出る。その仕組みが十分にできていた。

 確かにラグナスなどは実直過ぎた。却って面白みがなかったほどだ。

 その当人に目を遣ると、ぼんやり暗がりの向こうを眺めている。

 ラグナスは駐留所の奥に立つ作業の気配を探っている。

 保工班の荷が気になっていた。

 微かに捉えた音と匂いが蒸気炉に似ていた。

 重機の動力として不思議はないが、何処か不自然な胸騒ぎがする。

 動作が安定を欠いていた。

「おい、ラグナス」

 シラスが声を掛けて来る。

 応えて振り返ったかと思いきや、不意にラグナスは燈火に走った。

 地面に立てた燈の竿を取り、先に掲げる。

 何があったと皆が顔を見合わせる。

 一拍遅れて漸くに闇の向こうで音がした。

 木組みの折れる音、岩の割れ落ちる音。怒声と悲鳴が切れ切れに続いた。

「避難を」

 ラグナスの声が凛と通った。

「早く」

 皆一様に考えるのを止め、慌てて腰を上げた。

 モイーズが横穴に駆け寄って鉄の扉を叩いた。

「まだです、準備が」

 若い侍祭(アコライト)の声がくぐもって返る。

 燈火の向こうに点々と灯が揺れた。

 怒号は未だ空洞に割れ、よく聞き取れない。

 早く行け。逃げろ。

 ラザール隊長の声だった。

 灯の縁の向こうに揺れるのは、ドロール監督ら保工班の腰の燈だ。

「蜘蛛だ」

 聴き分けようと耳を澄ませたザビーネが声を上げた。

「嘘だろ」

 シラスが半信半疑の声で呻く。

 マルゴとジャサントが浄化の封をした箱を蹴り開け、得物を浚った。

 揺れる灯りがひとつ消え、ふたつ消え、くぐもる悲鳴が半ばで途絶える。

 ラグナスは目の合ったザビーネに燈火の竿を投げた。

 周囲の灯りが揺れ動く間にラグナスの姿が消えている。

 暗闇にひとつ残った揺れる灯がドロール監督の姿を浮かび上がらせた。

 周囲に瞬く照り返しがある。

 大蜘蛛(アラニエ)の脚だ。

 迎えようとした皆が蹈鞴を踏む。

 灯りの先に、さらに無数の気配があった。

 ひとりラグナスが駆けて行く。

 駆けて小岩を掬い上げ、そのまま大きく腕を振る。

 ドロールに寄る大蜘蛛(アラニエ)が頭を反って後続の脚に縺れた。

 ラグナスはそのままドロールの手を引き、抱えて駆け戻る。

 監督を皆の方に投げ渡した。

「何があった、隊長はどうした」

 マルゴが声を張り上げる。監督は息も絶え絶え、言葉も返せず喘いでいる。

 掲げられた灯りの縁に蜘蛛の脚先が見え隠れしていた。

 皆を背にするラグナスの前に剣の柄が突き出された。

 ザビーネがひと睨みして駆けて行く。

 縋るように竿を抱えたドニが横穴ににじり寄って行く。

 モイーズにシラスが加わって、二人が鉄扉に貼り付いていた。

「準備がまだです、待ちなさい」

 向こうに通じていないのか、こちらの状況を理解していない。

「蜘蛛が出たんだ、早くしろ」

「それなら余計に開けられません」

 モルチエ司祭の言い様に二人が激昂して食らい付く。

 怒声を背中で聞きながらラグナスは淡々と大蜘蛛(アラニエ)を屠った。

 借り物の剣で蝕肢を払い、先を返して顎に突き通す。

 勢い余った剣の頭が向こうに覗いた。

 蜘蛛を掴んで剣を抜き横手の歩脚を斬り飛ばす。

 この男は何だ。

 ザビーネは横目に舌を巻いた。

 腑抜けた良家の末息子。

 ただ実直に役目を果たすだけの面白みのない初心者。

 そうかと思えば、王のように命じ、騎士のように救い、悪夢のように屠る。

 ザビーネは知らず戦慄した。

 周囲を埋める大蜘蛛(アラニエ)さえも、たった独りで追い詰めている。

 皆には無理だ。自分さえ危うい。

 マルゴ、ジャサント、タンカンが皆を囲んで大蜘蛛(アラニエ)を払う。

 辛うじて押し遣るのが精一杯だ。

 ドロール監督が開けろと叫んで鉄扉の前に加わった。

「早く逃げないと危ない」

 その声にラグナスが背中を一瞥する。

「私は毒に穢れていない」

 その懇願に逆上したシラスが、行かせるものかとドロールにしがみ付く。

「何をした」

 ラグナスの声が宙を飛んでドロールに問う。

 劣化に耐えず剣が折れた。宙で逆手に握り変え蜘蛛の頭蓋に柄まで埋める。

「蒸気炉で何をした」

「竪穴に」

 心底冷えたその声にドロールは竦んだ。

「巣を、下の巣を、蜘蛛が起重機を登って」

 縺れた舌が意味をなさない。

 不意に大蜘蛛(アラニエ)が一斉に止まった。

 多脚のそれらは人より遥かに振動に敏感だ。

 波間に立つように皆の足許が撓んだ。

 くぐもった地鳴りが届く間際、遠くの暗闇に噴煙の柱が突き上げた。

 轟々と鳴る風音に大蜘蛛(アラニエ)が散る。

 人も瓦礫も薙ぎ倒された。

 足下の軋みが止まない。

 大空洞に逃げ場はなかった。

 不意に足下が引き裂けて、地面は漆黒の口腔を覗かせた。

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