第4話
汚れた抗毒装衣を搬送箱に封し、ラグナスは討伐班の駐留所に踵を返した。
工事はすでに大半を終え、保工基地は縁から撤収に掛かっている。
「ラグナス」
支援員が手を振り声を掛ける。ラグナスに余った梨の実を投げて寄越した。
礼を言ってラグナスは笑う。
鬼獣討伐も二〇日を越えれば、それなりに馴染みも増えている。
貰った梨を齧りつつ、ラグナスは点々と引かれた灯を辿って歩いた。
保工基地は横道の口を囲うが、討伐隊の駐留所は少し離れた場所にある。
大空洞の中ほどにある、大きな竪穴にほど近い場所だ。
討伐遠征に出た者は、鬼獣の穢れを払うまで基地にも立ち入れない。
駐留所は体のよい隔離施設だ。
これで設備が悪ければ皆逃げ出していただろう。
天幕は大きく四つもあった。
会合と食事の大天幕、抗毒装衣を処理する洗浄幕。後は別れた居住幕だ。
何かと揉め事の種になる男女の敷居が設けられている。
坑道を潜る小分けの運搬が、却って気の利く施設の要因らしい。
駐留所には、遠征隊と基地警護で常に一〇名ほどが駐留している。
大空洞にいる内は討伐班も装衣を着けず、皆反動で身形が荒い。
平服のラグナスは少数派、こと男衆はタンカンを残してほとんどが半裸だ。
討伐遠征に出た抗毒装衣は地上に戻して浄化する。
不便なのは中身の浄化だ。
そも浄化師は手の足りない聖職だ。
エクトル・モルチエ司祭が補助を付けても、浄化には相当に手間が掛かる。
その為、討伐班の地上休暇は常に浄化の待ちが出た。
もっとも、付け馬に追われる訳ありなどは陽のない駐留所に長居をしている。
モイーズ、クレマン、ドニ辺りがそうだ。
理由は違うがラグナスもその類だった。
もう陽の下には随分と出ていない。
視線の先には、白い箱型の一群が辺りを薄ぼんやりと照らし出している。
天幕の燈だ。
そのすぐ先には黒々と大きな竪穴が口を開けている。
底がないほど切り立つも、幸い縁は内に削れていた。
おかげで大蜘蛛が這い出す心配がない。
簡易な柵が置いてあるのは酔ったシラスが落ちそうになったからだ。
幕の傍で立ち止まり、ラグナスはふと闇に目を凝らした。
皆は大天幕に集まっている。
記憶の人員と数が合わないのは、誰かが入れ違いに来たからだろう。
「やっと帰って来た、みな大幕に集まってるから」
不意にザビーネが顔を出した。
それだけ言って歩き出す。付いて来いとも言わなかった。
ザビーネは若いが腕利きだ。
何でも聖都の騎士の紹介状があるらしい。
女性の傭兵は皆手練れだが、この娘はラグナスにも気配を追い難いほどだ。
ラグナスが頷いて追い掛ける。
側を行くザビーネにぼんやり目を遣った。
長い黒髪、濃い褐色の肌、瞳は黄金だ。
その気紛れも人懐こさも、どこか猫を思わせる。
愛想は良いが、決して人に触らせない黒猫だ。
どんな育ちで得た振舞いか。
男には無自覚に妖艶で、同性に好かれる所作もある。
ともあれ彼女が自由であるほど揉め事を呼ぶ予感もした。
「何だよ」
値踏みの目線が気に障ったのかザビーネが睨む。
ラグナスに対しては喧嘩腰だ。
「貰ったんだが、ひとつしかなくて」
齧り掛けの梨を翳して見せる。
「取ったりしないよ、子供かよ」
会合と食事に使う大天幕には見慣れぬ抗毒装衣の姿があった。
保工班のドロール監督だ。
二人の姿を目の隅に確認してラザール隊長が告げる。
「決定が出た、遠征討伐は終了だ」
明日から各自が浄化の順を待って撤収となる。
凡その予想はしていた。
皆の表情はそれぞれだ。
確かに中途半端ではある。
直接の確認には至れていないが、鬼獣の巣は下層の禁足地だ。
先遣隊で殲滅に足りないのは明らかで、かといって増員の気配もない。
つまりは教会と領府の綱引きがあり、その決着がついたのだろう。
どうあれ雇兵としての契約はこれで完遂だ。
勿論、皆の撤収が済むまで討伐班には警護の任務がある。
坑内で浄化の順を待つなら陽光が拝めるのもまだ先だ。
皆の安堵と気の早い開放感を眺めながら、ラグナスはひとり思案した。
本来の目的はこれからだ。
彼自身の探索は、まだ始まっていなかった。




