第1話
再臨歴一九七七年、大陸東部
ヴィアラット公国バイヤール領、坑道都市、崩落新道
掲げた竿に燈が揺れる。
薄黄色の筒が目の前に延びている。
支保の組まれた坑道の中を、着膨れた一団が進んで行く。
頭まで包んだ抗毒装衣は、ごわごわとして輪郭が丸い。
顔には硝子の眼鏡が付いた目出しの面を着けている。
面から管が腰に伸び、結えた浄化瓶に繋がっていた。
粉塵化した鉱毒や便乗して舞う鬼獣毒への対策だ。
永久に、とは勿論いかない。溶液が黒く濁れば限界だ。
行動内での活動は、そうした浄化瓶の交換が目安だ。
経路保全の先遣隊が、瓶の替えを後続に呼び掛ける頃合いだった。
一団は崩落跡を固めた横穴に辿り着いた。
支保はまだ真新しい。簡易の三つ枠が打たれている。
一先ず此処まで鬼獣はいなかった。
経路設営の手配を後続に任せ、先遣隊は横穴を潜った。
暫く歪な半自然窟を進む。
不意に大きな空洞に抜け出た。
天盤には燈の先が足らない。
足許はおおよそ平坦だ。崩落した岩片が風化して砂利のように積もっている。
切り立つ岩肌は荒いが自然物とも判別は付かない。
いずれ辺りは相当古く、周囲を探るも広くて深い。
少し進んだ中ほどに、崩落で開いたと思しき竪穴があった。
燈を吊った竿を差し込んでも底は見えない。
一団は横穴の縁に引き返し、此処を一時の拠点と定めた。
着膨れた二人が顔を寄せ、硝子の眼鏡越しに古地図を覗き込む。
討伐班のラザール隊長と同行のモルチエ司祭だ。
幸い辺りに鬼獣の気配はない。
ただ、囲う坑道の壁がないのは却って心許なくもあった。
皆も着膨れた防護服のまま所在なげに寄り固まっている。
暇を持て余した討伐班のシラスが、ドニを捉まえ弄り始めた。
抗毒装衣に嫌気が差すのは皆も同じだ。
とはいえ少々度が過ぎた。
支障がないか試して見せろ、とシラスがドニの防毒面に手を掛ける。
「どうやら息はできそうだ」
呑気な声に皆が振り返った。
気の早い若者が面を外して辺りを見回している。
「おまえ坑道は初めてか」
当のシラスが毒気を抜かれて詰った。
「僕の田舎にも洞窟があって、子供の頃によく遊んだものだ」
「そんなのと一緒にするな」
気付いてラザールが若者を叱る。
我に返った司祭が駆け寄り、若者の防毒面を引っ張り上げた。
翼章を差し込み浄化瓶を確かめる。
司祭の着ぶくれた肩が安堵に落ちた。
「この辺りは大丈夫なようですね」
鉱毒は胸を病む。溜まれば後にも影響するので気を付けるように。
そう、くぐもった声で若者に注意する。
司祭の説教を待って、ラザールは自分の面を毟り取った。
「皆を危険に巻き込むなよ」
司祭の肩越しに若者に釘を刺す。
「悪かった、気をつけることにしよう」
再び面を外した若者は、あっけらかんとした笑顔を向けた。
如何にも苦労知らずの良家の末息子だ。
しかも抗毒装衣の着膨れが愛らしく見えるほどの美丈夫だ。
「誰だ、こんな坊ちゃんを呼んだのは」
シラスが小さく毒付いた。
薄ぼんやりした灯の中が、陽だまりみたいに気が抜けた。
同道の浄化師が顔を晒す。
それを見て、司祭も気後れしたように防毒面を取った。
先遣隊の皆が面を引いて胸元に落とす。
そのまま汗を拭ってしまい、頬を黒くした者もいた。
「ここでは構いませんが、鬼獣毒は別ですよ」
司祭が注意する。坑道の中では浄化にも限界がある。
鬼獣の唾液や血飛沫は、外のようには処理できない。
「討伐班の皆さまは装備を着用の上で作業をお願いします」
討伐班の呻きが上がった。
ラザールと副隊長のマルゴが後続に伝令を託し、基地設営の指示を出す。
「ああ、それと」
司祭はこと迂闊な若者に向けて声を掛けた。
「地図に拠れば此処の真下は禁足地です」
可能な限りの討伐はお願いしたいが、と前置いた上で言い含めた。
竪穴への深追いは避ける事。
「もしも下に落ちたなら、気の毒ですが助けは出せませんよ」




