第3話
ザビーネがギルーク・メッサーラの噂を耳にしたのは一年前の事。
遥か南のドワールフォート公国、その地方領主に復任したと云う話だった。
ギルーク・メッサーラは彼女の故郷、ノウムカトルの元ステヴナン領主だ。
あの日の魔宴を催した、彼女の全ての元凶だった。
友と自身の仇を討つ。
それがザビーネの刻んだ使命だ。
とは云え目指すドワールフォートは遠い。
伏せた三日月形の大陸の、その東岸の最南端に位置している。
なのにザビーネが留まっているのは、未だ隣国ヴィアラットだ。
この公国の坑道都市は鉱業職に男女を問わず、こと採掘は出稼ぎも多い。
何せ先立つものがなかった。
路銀の面倒は見ないぞ、と旅立つ前にアデライト・グレミオは宣言した。
だがザビーネの腕ならば、道々稼ぎに困りはすまい。とも、言ったのだ。
甘かった。
それは追い剥ぎにでも身を窶すのが前提だ。
確かに鬼獣討伐の傭兵枠は多い。だが歳と性別で撥ねられた。
公布の討伐は効率重視だ。設備と兵站が増えるのを嫌う。
加えて男女の面倒も避ける。
つまりはザビーネの見栄えが災いした。
女衆が切り盛りする選鉱作業とは事情が違う。
危険もない分、賃金も安い。路銀の貯まりは捗々しくない。
折りに湧いたのが、鬼獣の大蜘蛛だ。
気遣う声も多くはあったが、敢えてザビーネは徴募の天幕を潜る事にした。
「紋の印章は本物だ、聖都の騎士とは恐れ入ったな、しかも光翼騎士団だ」
紹介状を返しつつ、兵務官はザビーネに言った。
娘ほどに離れた娘が訓練免除のお墨付きとは、さぞ驚いただろう。
ザビーネ自身も内心は同じだ。
院長は確かに家名持ちだが、思いの外に大物だった。
「お嬢さん、よもや血縁じゃなかろうね」
むしろ危険を気遣われ逆さの忖度を受けそうになる。
「剣を習っただけだって、それより採用なんだよね」
兵務官は頷いて書類に署名を促した。
「蜘蛛だろうが男だろうが、自分の身くらい護れるからさ」
先回りして釘を刺す。
「女衆は五人ほどだが、マルゴもいるからその心配ないだろうよ」
願ってもない。どうやら女衆の取り纏めがいるらしい。
だが、と兵務官は難しい顔をする。ザビーネ頃の娘でもいるのか親切だ。
「聞いているかも知れないが」
面倒な現場だ、と切り出した。
この案件は禁足絡みで兵の集まりが宜しくない。
常連の手練れは何とか呼べたが、残りが数の合わせが素人だ。
玉石混交の討伐隊だそうだ。
例えば、と兵務官は外に目を向ける。
「あれなんか経歴が凄く怪しい」
目線を追ってザビーネが目を眇めた。
男が厩舎に馬を曳いている。だらしなく太った白と黒の斑毛の馬だ。
「カルマンカードにバルチスタン、話を大きく盛り過ぎだ」
確かに厳つさがまるでない。
背こそ高いが痩せ型で役者の方が似合いそうだ。
おおかた家督を継ぎ損ねた良家の三男坊といった所だろう。
「せいぜい足を引っ張られないようにな」
見目の点では同様に若いが、こちらは院長のお墨付きだ。
その点ばかりはアデライト・グレミオに感謝してもよいだろうか。
「大丈夫、その分あたしが蜘蛛を狩ってやるから」
ザビーネは笑って兵務官に応えた。




