第2話
ザビーネは十三歳で人生のほとんどを失った。
鬼獣に犯され、鉄串で焼かれ、延々と死の際を彷徨った。
死んだ者の身内から怨嗟と忌避を投げられて父母は恥辱で逃げ出した。
持ち存えたのは命だけだ。
その生存さえ穢れと秘され、捨てられたのが薔薇を冠した修道院だ。
即ち娼館に他ならない。
回復は御柱の奇跡に非ず、ザビーネの身体は鬼獣の毒に穢れていた。
毒が身体を変えてしまった。
どれほど器量が良かろうと抱けば毒に犯される。
彼女は此処でもお荷物になった。
ザビーネの岐路は、変わり者の修道院長だ。
よく言えば豪放磊落。アデライト・グレミオは大雑把な捻くれ者だった。
容姿は良いが隻眼で、必要以上に腕が立つ。女の癖に女に目がなかった。
そんな院長だからこそ、此処には相応しかろうと彼女を下働きに抱えた。
面白半分だったのか、ザビーネの容姿が気に入ったのか。
ある日、院長はザビーネに問うた。
悔しくはないか。
選んだ答えが気に入ったのか、以来院長は剣の手解きをするようになった。
そうして人との仲が増すほど、ザビーネも新しい生き方を得た。
暮らす世界の影響で表裏の知見と技量が膨らむ。
本来が気丈で人を惹く性格だ。
剣の腕や自信と共にザビーネはそれを取り戻した。
こと娼館の姐方は売り物にもならない彼女を好んで磨いた。
身を売るだけの館の中で、身さえ売れない穢れた娘だ。
そんな娘が美貌で傅かせ、力で男を捩じ伏せる。
髪の一筋に至るまで、ザビーネには己以外の主がいない。
ザビーネは彼女らの歪んだ聖域だった。
「やれ、育て方を間違えたかな」
そう言われたのは一年ほど前だ。
苦い顔をするアデライトに、ザビーネは口を尖らせた。
「今更その言い草はないだろう」
「客を取れとは言わなかったが、追い返せとも言ってないぞ」
そう院長に返されて、ザビーネは憤然と反論する。
裸に剥いて通りに捨てたのはミシカ姐を殴った男だ。
剣を抜かなかっただけ自制が効いた。そうザビーネは自負さえしている。
「わかった、わかった」
アデライトも強くは言えない。
薔薇の修道院は公認の娼館だ。とはいえ揉め事がない訳でもない。
むしろザビーネの仲裁手法は彼女が自ら実践していたものだ。
諦めて、アデライトは嘆息した。
「勿体ないよな、死んでもいいから買いたいって奴もいるのに」
「殺してないよ、半殺しだ」
仕置きの相手に良い目を見せてどうする、と口を尖らせる。
「旦那と寝るなら言い値を出すって侯爵の奥方が言ってたぞ」
「それってあんたの愛人だろ」
アデライトの相手は御婦人ばかりだ。客と云うより趣味に近い。
褥にザビーネより若い娘を見掛けた折りは流石に呆れて物も言えなかった。
「勿体ない」
また言った、とザビーネは舌打ちする。
彼女といえど身体は疼く。
淫欲の館に暮らす身だ。そうした疼きは自覚している。
むしろ我が身は欲深い方だ。慰めるだけでは事足りない。
力の自制は学んだが、淫蕩の歯止めは学びようがなかった。
もしも情欲に駆られたならば、自分は毒撒く鬼獣と何が違うのか。
そう自身を戒めて身を硬くしていた。
「あたしの説教は終わったか」
言ってザビーネは切り上げようとした。
「そっちはついでだ」
つとアデライトが引き留める。
何気に薄く目を細め、値踏みするようにザビーネを見遣る。
「話が耳に入ってな、南の方で前の領主を見掛けたそうだ」




