第1話
再臨歴一九七七年、大陸東部
ヴィアラット公国バイヤール領、坑道都市
ずんぐりとした一団が、坑道を出て洗浄場に向かう。
防毒装衣を着込んだせいで、丸く大きく着膨れている。
ぞろぞろ歩くその固まりは陽の下でなお騒々しい。
顔を覆った面の越し、くぐもった声でも遠慮がなかった。
誰彼構わず話し掛けながら天幕の下を潜って行く。
身軽になった洗浄場は、なお一層に賑やかだった。
脱いだ装衣を箱に投げ、歳若い女が胸元に面を落とした。
周囲に比べて娘ほどの歳、まだ二〇にもならない見目だ。
頭に巻いた手拭いを払い、束ねた髪を解いて振る。
私物の棚から飯袋を取ると、外で辺りを見渡した。
「また一人で隠れて喰うのかい、猫みたいな真似はおよしザビーネ」
女衆の固まりから声が呼ぶ。
「姐さんたちと一緒だとさ、食べるの喋るの忙しいんだもの」
悪びれずそう微笑んで、ザビーネは皆に混じって腰を下ろした。
案の定、女衆の口は忙しない。
「昼の時間も守れやしないって、此処の堀場はどうなのさ」
「先の坑道にとうとう大蜘蛛が出たって」
「篩に掛ける石が集まらないって、奥の選鉱衆が騒いでたよ」
「なんだい、たかが蜘蛛じゃないか」
そうした声に口に手を当て、気の良い女が声を潜める。
「男衆に聞こえるだろう、滅多なことを言いなさんな」
くすくす笑いに混じりながら、ザビーネは首を伸ばして坑道を眺め遣る。
「討伐隊を集める気なら、あたしもそっちに回ろうかな」
鬼獣の相手は賃金も高い。その分路銀の貯まりも早いだろう。
「よしなよ、あっちは荒くれも多いよ」
「出たのは遺構の辺りだろう、がさつなあんたじゃ竪穴に落ちるよ」
何となく的を射たその指摘にザビーネが口を尖らせた。
「これでも身軽な方なんだよ、腕にだって覚えはあるし」
年嵩の女が口を挟んだ。
「あっちは古い禁足地なんだ、迷えば教会のお咎めがあるよ」
事情通の彼女が言うに、どうにもあの辺りはキナ臭い。
教会と領府が揉めている。
崩落新道を切っ掛けにした新鉱目当ての再掘だったが、どうやら場所が悪い。
禁足地の真上だ。
古い遺構の殆どは教会指定の禁足地に入る。
坑夫衆も古地図が頼りだ。思うようには掘り進めない。
禁足域を避けに避けつつ、どうにか鉱脈を追っている。
「だから蜘蛛が湧いたんだ」
うへえ、とザビーネは頸を縮めた。
「欲を掻いて巣穴を掘り当てた馬鹿がいたんだろうさ」
おおよそ禁足地は鬼獣の棲み処だ。
事の前後は兎も角も、人の住まぬ土地には鬼獣が蔓延る。
「稼ぎはよいだろうけどさ、御柱に背いちゃ元も子もないよ」
現世の罪は魂が曇る。星辰界に迷って亡霊になる。
信心の篤さはどうであれ、誰でも霊光を見て逃げた経験はある。
あんた、天界の門に辿り着けなくなるよ。
年嵩の女はそうザビーネを諭した。
心配しなくても大丈夫。
胸の内で呟いて、ザビーネは肩を竦めて見せた。
この魂は冥界に堕ちる。
堕ちねばアデリーヌに許されない。
「それよりあんた路銀はどうだい、南の方に行くんだろ」
問われてザビーネは渋い顔をした。
「もう少し溜めないと無理」
旅に出てみて分かったが思いの外に入り用だ。
しかも稼げる場所がない。
剣一振りでどうにかなるなど、良い様に院長に言い包められてしまった。
「あんたの家も何だかねえ、こんな別嬪を手ぶらで旅に出すなんてさ」
そうだよねえ、とザビーネは苦笑して見せた。




