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仮面ノ騎士  作者: marvin
仮面ノ騎士Ⅲ
57/62

第3話

 フェルクス、君が僕を売ったのか。

 硝子が砕けて木枠が散った。

 風を孕んだ窓掛けが逃げる。

 掴んで手繰り引き下ろした。

 雪混じりの風に身を押され、ラグナスは客間に踏み込んだ。

 司祭とフェルクス・ルピアンが窓の人影を振り返る。

 風に驚き、闖入者警戒し、その異形に驚愕した。

 見る間に二人の頬が血の気を失い、恐怖に歪む。

 人の姿をしているが、頭巾の下は人ではない。

 頬が割れ、目が裂け、顔に刻んだ赤黒い溝に幾つもの朱い眼が泳いでいる。

 変わり果てたラグナスはフェルクスの肌が粟立つ様、その熱分布を見て取れた。

 早鐘のような心拍音、階下の雪に落ちた硝子片さえ聴き分けている。

 何故、僕を教会に売った。

 ただ、二つに割れた下顎は兜の拘束なしに人語を発し得ない。

 言葉は魔物の咆哮になった。

 怒りと動揺に身体を奪われ、ラグナスは変態を制御できない。

 怒り、嫉妬、喪失感。

 それがフェルクスに向けたものか。

 事の理不尽に向けたものか。

 自身に向けたものかも分からない。

 霜を踏むような音を立て、窓掛けの下の窓が砕ける。

 ラグナスが二人の傍に、より灯の強い陰影に身を晒す。

 ジェラード・グラルが漸くに喉が枯れるまで悲鳴を放った。

 客間の扉を叩く手が、響く悲鳴に意を決し問うのを諦め引き開けた。

 メルシアとタチアナが戸口を覗く。

 振り返るラグナスに立ち竦む。

 呪縛を逃れた得物のようにジェラード・グラルが席を蹴った。

 杖を弄るフェルクスが、押された卓に脚を打ち突っ伏した。

 見るなりメルシアが客間に駆け込む。

 衛兵を呼ぶタチアナが一拍置いて彼女に気付き、引き留めようと手を伸ばした。

 逃げ出す司教に押し遣られタチアナは強か扉に打ち付けられた。

「フェルクス」

 メルシアが名を呼び割って入る。

 フェルクスを庇ってラグナスを睨め付けた。

 凍り付いたように立ち止まり、ラグナスはメルシアを見下ろした。

 その顔を見ない日に、これほど長くの間隙はなかった。

 幾度頭を抉られようと、脳裏の彼女の輪郭が滲んだ事は一度もない。

 照らし合わせる年月も、その美しさを損なってはいなかった。

 メルシア。

「寄るな、化物」

 彼女の言葉が掠れた咆哮を打ち払う。

 魔物が怯んだ。

 後退り、弄るように顔を覆う。

「衛兵、早く」

 戸口でタチアナが声を上げた。

 指の隙間に一瞥し、ラグナスは窓に向かって駆け出した。

 雪の吹き込む夜の闇に、逃げるように跳び消える。

 タチアナは部屋に駆け込んで、メルシアとフェルクスの無事を確かめた。

 口を開けた窓に寄り、暗闇の中に目を凝らす。

 シュタインバルトの魔物が出た。

 擦れ違うジェラード・グラル司祭は譫言のように呟いていた。

 惚けたような蒼白のフェルクス。

 気遣いながらも困惑と動揺に震えるメルシア。

 風の鳴る暗闇は全てを黒く塗り込めようとしていた。

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