第6話
閃光と轟音の破裂が立て続けに起きた。
後、土砂の雨が降った。
それは断崖を大きく削り、施設の大半を岩片に埋めた。
雷鳴のような残響の後に、燻る破片が降り落ちて里の一部が火事になった。
被害こそは少なかったが、人獣の拠点はこれで潰えた。
これほどの標を立ち昇らせれば、すぐにも討伐隊が来るだろう。
先遣隊を惑わせようと山林に手は放ったが、それも僅かな時間稼ぎだ。
逃げる以外の選択肢はない。
白い人獣の指揮のもと、里ははや出立の準備が進められていた。
施設のあった奥の高台は、枯れた火の山のように白く燻っている。
土砂の所々、建屋の名残りが棘のように突き出していた。
その爆発と崩落に、技師、魔術師の殆どが巻き込まれた。
生き残った者が瀕死の衛士だけとは皮肉な話だ。
若い人獣が幾人か、黒い環を抱えて高台を登って行く。
捨て場を見つけて放り投げた。
瓦礫の端に黒く絡まり合っているのは、全て頸を外れた鉄の環だ。
ふと人獣の一人がラグナスに気付いて身を竦ませた。
仲間を促し、逃げるように駆け去って行った。
例え兜を外しても人獣は皆ラグナスが魔物だと知っている。
血の臭いも、するだろう。
事実、ラグナスは立ち向かう人獣を幾人も傷つけた。
多対一に加減はできない。前線を退く代償は必要だった。
高台を駆け下りる人獣たちを眺め遣り、ラグナスは先いある里に目を戻した。
「アンタが人と違うのは知ってた」
傍らのファルカが、ぽつりと言った。
今なお燻る高台の端で、二人は解体され行く麓の様子を里を眺めている。
「鬼獣の毒が効かなかったからな」
言葉に驚いてラグナスが振り向いた。
「悪いな、飯に大狼の肉を混ぜた」
しれっと酷い打ち明け話だ。これで人なら中毒を起こしている。
「なら、君だってそうだろう」
ラグナスは口を尖らせた。
「同じ食事をしていたし、何なら僕の下手な料理だって残さなかった」
「最初は不味くて死に掛けたけどな」
そう言い返してファルカは笑った。
焦げた匂いを孕んだ風が高台を抜けて吹いて行く。
「アイツらも、人とは一緒に居られないな」
麓に目を眇め、そう呟く。
「少なくとも君とは上手くやれてる」
ラグナスは応えた。
僕は怖がられてしまったが、とは口に出さない。
「でも教会は認めない、あれは人の正しい在り方じゃない」
そう言うファルカにラグナスは驚いて見せた。
「君、意外と敬虔なんだな」
茶化すな、と睨むファルカに向かって、ラグナスは肩を竦める。
「正しさはぶつかるさ、君とだ僕とだって違うかも知れない」
肩に下げた袋に手を遣り軽く叩いて微かに笑う。
「だけど、僕は正しさの味方でいたい、そう信じる自由を奪わせたくない」
醜い姿を晒しても、禍々しい力を振るっても。
嫌われ、疎まれ、追われたとしても。
正しさに味方し、自由の為に闘う。
「それがオマエか、フォルゴーン」
不意を突かれたラグナスは、呟くファルカに困惑の目を投げた。
「シュタインバルトの王太子サマが、まさか生きていたとはな」
笑うファルカは不思議に思う。
顔を合わせても思い出せなかったのに、何故かあの異形を見て名が浮かんだ。
朱く色さえ異なる瞳が領館のあるあの丘の上を呼び起こした。
「言っただろう、家名はない」
ラグナスが笑う。
「でも、こんな身体で名乗る名はない」
ファルカの中で朧気にラグナスの過去が繋がった。
ガフ・ヴォークトの言動の先に想像できるものがあった。
それなのに、ラグナスの怒りは復讐ではない。
余りに崇高で、痛々しかった。
「ラグナス、国へは帰ったか」
ラグナスは驚いて首を振る。
「このまま奴らと闘うのなら、オマエは昔にけりを付けるべきだ」
ファルカは言って麓に目を遣る。
「オレは当面アイツらと行くよ、乗り掛かった船だしな」
そう決心してラグナスを振り返った。
「オレはオレの、オマエはオマエの目的を果たすんだ」
言葉を切って選びながらファルカは真っ直ぐにラグナスを見る。
「そしてもし、もしいつか、その、オレたちの行く先がまた交わったら」
高台に風が抜ける間にファルカは知らず息を整えた。
「一緒に闘ってくれるか、フォルゴーン」
打たれたような顔をしてラグナスは去来する記憶に息を啜った。
やがて、破顔する。
静かにファルカに頷いて見せた。
「必ず君の隣に立とう」




