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仮面ノ騎士  作者: marvin
仮面ノ騎士Ⅱ
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第2話

 斥候隊が山林を行く。

 国軍兵の一人が指揮、猟夫一人が道案内、領兵四人が主兵力だ。

 機動優先の人員だが、補給要員の民兵も四人ほど動員されている。 

 若い、という理由でファルカとラグナスも斥候の補給に組されていた。

 調査の範囲は広大だ。

 斥候は他にも二部隊がある。

 本隊はその後ろ、兵站部隊は更に後ろで里との行き来を確保している。

 斥候隊は、それぞれに地図を埋めて行く。

 ファルカは山道に慣れていた。

 ラグナスも見掛けに寄らず健脚だった。

 皆に合わせているものの、共に余裕があった。

 エピーヌ連峰の麓とあって、鬱蒼とした山林は冷え固まっている。

 道などあれば良い方で、昼日中でも足下を探りつつの行軍だった。

 案内の猟夫も、そう慣れた山ではない。

 二人の配された斥候隊は、中継を置きながら探索範囲を拡げて行く。

 彼らの属する補給の民兵は、荷運びと宿陣、食事の支度が主な仕事だ。

 ことファルカは料理番として重宝された。

 社交的で人懐こく、すぐに皆とも打ち解けた。

 生真面目な領兵も気難しい猟夫も、するりと懐に入り込んで見せる。

 一方のラグナスは言葉少なだ。

 意識的に皆と距離を置こうとするかのよう。

 にも拘らず、素直で実直な為人を隠せない。

 じき皆に頼られるようになった。

 安定した歩調の二人は隊の殿だった。

 互いに秘めた一線を隠したまま、ファルカとラグナスはすぐに打ち解けた。

「そういう訳で、オレには名前が三つあるんだ」

 急流(カスケード)(ペレグリン)歩く隼(ファルカパッド)

 ファルカが成り行きを掻い摘んで語る。

「最初からして酷くはないか」

 ラグナスが遠慮なしに言った。

「だから勝手に家名を立てた、ファルカパッド・ペレグリンだ」

「それも酷い」

 その反応に口を尖らせ、ファルカがラグナスを小突く。

 自分でもそう思うからだ。

「アンタ育ちが良さそうだが、家名はないのか」

 ファルカも相当に遠慮がない。

「もうない」

 ラグナスが苦笑する。

「色々あって、名乗れなくなった」

「おっとお家のゴタゴタか、そういう話は遠慮しておこうか」

 ラグナスが言葉を濁す前に、ファルカはさっさと自分から話を切り上げた。

 気遣いにラグナスが微笑むと、ファルカはからりと話題を変える。

「先遣の二人、遅くはないか」

 予定の位置に向かいつつ、猟夫と領兵の二名が斥候隊の合流に出ていた。

「上手く合流がかち合あえば、話し込んでいるかもだが」

 あるいは標が見当たらないか、此方の標の設置に手間取っているのか。

 いずれ楽観した場合だ。

 そうそう上手くは行かない。

 先に目を遣り、ファルカは小鼻に皺を寄せた。

 ふとラグナスが前に出て、大きな荷を負う同僚の二人に声を掛ける。

 次いでファルカを促し、二人を殿に代えた。

「どうした」

「君、気付いただろう」

 言って更に前に出る。

 ファルカは肩を竦めて見せた。

 二人が隊長に声を掛けようとした折り、先の気配がようやく届いた。

 視界の抜けない樹々の向こう、歪な斜面を遮二無二駆け下る音がする。

 一人は同じ先遣隊の猟夫だ。

「逃げろ、やられた」

 こちらに気付いて掠れた声を上げる。

「皆やられた」

 領兵の三人が荷を棄て槍を握る。

 国軍から派遣された隊長に目を遣った。

「皆、とはどういうことだ」

 指示より先に、隊長は猟夫に叫び返した。

「見りゃあ分かるだろう」

 ラグナスの傍でファルカが小さく呟いた。

 猟夫の背後に幾つもの影が跳ねている。

 猿鬼(ゴブリン)だ。数が多い。

 領兵が苛々と隊長に決断を詰め寄る。

 斥候隊に戦力はない。

 自衛にしても分が悪い

「待て、状況を」

「撤退」

 ファルカが木の陰に隠れて声を上げた。

 誰の号令かは問題ではない。

 周囲が一斉に駆け出した。

 問題は誰も猟夫を迎えに行かず、荷運びも置いて逃げ出した事だ。

 これには当のファルカも頭を抱えた。

 逃げ戻る前列を見て、二人の民兵は荷を放り出して踵を返した。

 恐らくラグナスがそうしろと囁いたのだろう。

 見ればラグナスが傍にいない。

 ファルカが見遣ると、猟夫の方に走って行く。

 隊長がファルカと擦れ違う。

 横目に脚でも引っ掛けてやろうかと迷うも、ファルカはラグナスを追った。

 足元は入り組んだ樹の根だ。道がない。

 下生えこそはないものの、緑の生した古い倒木が幾つも垣根を作っている。

 ラグナスが転がる猟夫の腕を取り、幹の後ろに引き込んだ。

 風切り音に手を伸ばし宙を横切る手斧を掴む。

 それは猿鬼(ゴブリン)の投げた得物だ。

 ラグナスの振った手の先で額に手斧を返された一体がひっくり返った。

「ほらオッサン、早く行け」

 猟夫に声を掛けたのはファルカだ。

 助ける代わりに置いて行け、とばかりに弓と矢筒を引き剥がす。

 振り返るラグナスが問う目をするも、ファルカはふん、と鼻を鳴らした。

「後にしろ」

 猿鬼(ゴブリン)の上背は大人の腹ほどだ。

 総じて身の丈は低く見える。

 正味は大人ほどの大きさがあった。

 硬く張り出した背を丸め、腕を地に擦るほどの前傾姿勢だからだ。

 腰を折って猿のように跳ねる。

 それが名前の由来でもある。

 ラグナスは普段使いの山刀を払い、その背で猿鬼(ゴブリン)の頸を軽々と折った。

 手近の遺骸を掴んで投げれば、躱した先を薙いでいる。

 寒気がするほど確実に屠る。

 予感はしたがそれ以上だ。

 ファルカは内心舌を巻いた。

 迫る輩の手の内には錆びた手斧や刃欠けの剣がある。鬼種は総じて知能も高い。

 鋳造、製造の技術はないが、人から奪ったものを身に着けている。

 厄介なのは人真似だ。

 道具も武具も人を真似て使う。

 跳び駆ける一体が樹の根に落ちた。

 遠巻きに迫る猿鬼(ゴブリン)たちは、身を晒した刹那に射られて死んだ。

 目の前の戦鬼に慄くも、味方を求めて振り向けば背中で次々消えて行く。

 気付けば辺りは屍しかない。

 聡い者は疾うに逃げていた。

 こんなものに敵う筈がない。そう判ずる知能くらいは猿鬼(ゴブリン)にもあったのだろう。

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