表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
仮面ノ騎士  作者: marvin
仮面ノ騎士Ⅰ
5/7

第3話

 館の廊下に靴音が並んだ。

 ひとつは踏み出し床石を擦る。

 ひとつは合わせて緩い歩速だ。

「やれ、作法だ段取りだと父上も気の早い」

 ラグナスが零した。

「戴冠に三月とない、悠長なのは君だけだ」

 メルシアとの結婚も。

 フェルクスは言わずもがなの言葉を呑む。

「臥せって弱気になっておられるだけだよ」

 ラグナスの口調には気概がない。

「タチアナがいればこの国は安泰だ」

 そう言って肩を竦めて見せた。

 妙齢の家令、タチアナ・オーベルはシュタインバルトきっての才女だ。

 父は著名な技師で侯爵の友人。

 亡きラグナスの母を姉のように慕っていた。

 そう言えば、とラグナスは悪戯な目をした。

 彼女も聖都遊学の経験がある。

 だがラグナスの出立に際して、珍しく口数が少なかった。

 皆も話を聞いた事がない。

 その理由が聖都で知れた。

 悪名を轟かせていたからだ。

 遊学の身で政務に籍を置き、友人と共に国府を騒乱に巻き込んだらしい。

「何でも光翼騎士団の聖騎士を唆して大聖堂に攻め込んだそうだ」

 その責を問われ、追放同然に帰郷した。

「何だそれは」

 フェルクスが呆然と呻いた。

 冗談だろう、と取り合わない。

「それならいっそ、街道の鬼獣討伐もタチアナさまに指揮を任せたらどうだ」

 ラグナスはフェルクスを軽く睨んだ。

「そこは騎士が指揮を執らなくてどうする」

 鬼獣討伐こそは国務だ。国境は鬼獣の生息地で定まるとも過言ではない。

 だが、この脚でどこまで。

 決して口に出さずとも、フェルクスの目線がそう語っている。

 ラグナスは鼻を鳴らした。

「だったら、おまえが侯爵になれ」

 フェルクスに告げる。

「代わりに僕が騎士になる」

 そうなればメルシアは騎士爵の妻だ。

 俸禄に文句を言われたら、おまえのせいだ。

 ラグナスは真面目な顔で言った。

「侯爵など考えたくもない」

 フェルクスは吐息を交えて応えた。

「タチアナさまの小言を聞き流せるのは君だけだ、僕は騎士でいる方が気が楽だ」

 とは云え。

 フェルクスはラグナスの顔を覗き見た。

「逃げているのは君もだろう」

 どういう意味だ。

 分かっていつつも、ラグナスは問い返した。

「隠し事があるだろう」

 聖都にいた頃と同じ目だ。責務を放り出すほどの関心事を見つけたに違いない。

 ラグナスは誤魔化し切れないと悟った。

 フェルクスに向かって小さく息を吐く。

「見せてやるから部屋に来い」


 それはフェルクスの想像より深刻だった。

 ラグナスの部屋の机上を眺め、フェルクスは血の気が失せた。

 呻き声を噛み殺す。

 散乱する模写と書付。

 閉架式書庫から持ち出した幾冊もの古書。

 中央には、解れて粉を吹いた包みがあった。

 僅かに覗いた翼の先の細工さえ、フェルクスを慄かせるには十分だった。

 異端だ。

「屋敷の裏手で行き倒れがあっただろう?」

 ラグナスが言う。

 運よく領館を訪れていた司祭のジェラード・グラルが後の委細を引き受けた。

 あれは行商の人夫と云う話だった。死因はおそらく持病だろう、と。

 どうやら不案内のまま迷い込んだらしい。

「盗掘者だ」

 ラグナスが断じた。

「このフォルゴーンの封印布は祠で一度、見たことがある」

 だからと言って。

「異端だぞ」

 乾いた喉でフェルクスが呟く。

「こんな時期に、君は一体何をしている」

 ラグナスの机は雑な覆いがあるだけだ。隠す気さえも伺えなかった。

 もしも誰かに見られたら。

「すぐに戻せ、ラグナス」

「屋敷の中だぞ」

 あまりに呑気なラグナスの態度にフェルクスは怒りを募らせた。

「全ての人が君の味方とは限らない」

 ラグナスは領主だ。

 ひと月後には国と爵位と妻を得る。

 シュタインバルトを、メルシアを、何より自身を失うことにもなりかねない。

「君もか? フェルクス」

 ラグナスが訊ねた。

 打たれたように振り返る。

 フェルクスは泣き出しそうな声で言った。

「やめろラグナス、僕を冥界(ゲヘナ)に堕とす気か」

 言葉に慄き、ラグナスは悄然と首を垂れた。

 すまなかった、と謝罪する。

 好奇心に煽られて余りに身勝手が過ぎた。

「確かにこいつは異端だ」

 机上に目を遣る。

「僕こそ冥界(ゲヘナ)に墜ちるかもだな」

 吐息と共にラグナスの肩を小突き、フェルクスは小さく首を振った。

「勘弁してくれ、この脚でそこまで付いて行くのは難儀だからな」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ