第3話
ライン・ルミナフの記述に曖昧さが目立ち始めるのはこの頃からだ。
当然だ。
溺愛する息子の事故に動揺していたのだろう。
後の調査報告に依れば、工房の事故は魔導機の暴走が原因らしい。
それが苛烈な警備の遠因でもある。
当時の大魔術師の心境も察せられた。
息子が生死の境を彷徨うのは二年の間。
その間にもライン・ルミナフは研究を続けている。
現実から目を背けたかったのか。
むしろ、苛烈になっている。
記述は曖昧で不鮮明だ。
日誌は系統の異なる技術の羅列になって行く。
驚いたのは炉心殻の破棄だ。
貴重なひとつを復元不能と断じた。
永久遺棄庫に封じる、とある。
息子が回復する前に復元を試み、断念。
呆気なく破棄したという記録だ。
罪深きものは十二体。
ライン・ルミナフの告げた総数はそれだけだ。
本当の数は十三。
確かに汚点の隠蔽は、人間味のある行為だ。
ディオ・ルミナフの復帰と共に、記述は再び平静を取り戻して行く。
ダリル・カデットの記述もあった。
その復元は困難を極めたらしい。
先の失敗に懲りたのか、時間を費やしている。
罪深きもののそれぞれの身体は炉心殻の形態意図に影響を受ける。
ダリルは自我に問題があって、育成の手掛かりが掴めなかったらしい。
そんな日々が続いている。
打開の切っ掛けはマリエル・ルミナフだ。
工房に迷い込んだ幼い彼女にダリルの炉心殻が人に似た反応を示した。
僅かなそれを足掛かりに、ミリア・フィストレーズは疑似人格を構築する。
実にほのぼのとした逸話だ。
焦れたディオ・ルミナフが服従条理なる手段を取らなければ。
ライン・ルミナフは静観していた。
むしろ、一歩身を引いている。
あくまでオベロンの所感だが、以前のような息子への記述が見当たらない。
慈愛は対象を移している。
特にダリル・カデットだ。
以降はむしろ研究そのものへの関心が薄れ、日誌は日記に変わって行く。
そして、隠遁を囁かれる今の状況に至った。
「それで、貴方の報告は終わり?」
灯のない薄明かりの工房でアデル・ルミナフはオベロンに訊ねた。
彼女が望んだのは口頭の報告だ。
それも、アデルにのみと釘を刺された。
彼女は初めから知っていて、単に裏付けが欲しかっただけではないか。
オベロンは嘆息し、彼女に誘導されるままそれを口にした。
「永久遺棄庫はご存じでしたか?」
アデルは小さく肩を竦める。
「ルミナフ家の暗部ね、人にも自分にも見せたくないものを棄てる場所」
「失礼、覗いてしまいました」
鍔広帽子を押さえて謝る。
アデルの視線に促され、オベロンは応えた。
「空っぽでしたよ」
「オベロン、報酬を受け取りなさい」
怖いほどの沈黙を置いて、アデル・ルミナフは徐に言った。
「アデル夫人」
「それと、できればこれからも、あの子たちと仲良くしてあげて」
「アデル夫人、どうか」
オベロンは呻くように言葉を繋ごうとする。
しかし彼女の視線に気圧され、伝えられたのは一言だけだった。
「どうか、ご自愛ください」




