第2話
ディオ・ルミナフの事故からほどなく、直轄領の工房が再建された。
先年オベロンが密かに訪れたのは、改装より十年近くを経た後だ。
次の調査はその深部だ。
此処が星辰態に無防備なのは実証済みだった。
罪深きものの知覚を除いては。
それこそが課題でもある。
アデル・ルミナフのもうひとつの依頼は世俗の事情と程遠い。
むしろ、お門違いとも言える。
罪深きものの復元事情など魔術師の他に誰が解ろう。
否、魔術師さえも知り得ない。
ルミナフの秘術であるからだ。
ならばアデルに秘された部分を、オベロンの俗な捜査で知るのが最善だ。
夫人であっても立ち入れないのは、ライン・ルミナフの私室と工房だ。
とは云え色位の大魔術師だ。
オベロンに学術資料が読み解けるとも思えない。
ところがライン・ルミナフは、思いの外に人間味のある人物だった。
かの大魔術師の記述には、日記と日誌の境ががなかった。
以降のオベロンは人の枕元で日記を覗き見る俗な幽霊に身を窶した。
愚痴は言うまい。
探偵業務の九割は、こうした地道な調査と忍耐だ。
とは云え記述の内容は、およそ俗とは程遠い。
そも罪深きものが前史の遺品だ。
教会は存在も認知しない。異端以前の代物だ。
ライン・ルミナフが古代工学に憑かれたと揶揄される所以でもある。
当然、ルミナフの独占する秘儀は外部に一切の漏洩がない。
それほど魔術師の鼻が浅ましいのだろう。
おかげでオベロンは彼らより幾分か正確な知識を得た。
ダリル・カデットを見ては迷うが、罪深きものの本来は異なる。
炉心殻と呼ばれる部位だけが発掘された。
云わば心臓と頭脳を収めた拳大の塊で、星辰界では蒼い灯に見える。
無論、オベロンの他には見ようもないが。
それは、千年も前に造られた人造の魂だ。
ライン・ルミナフが再起動させ、アデル・ルミナフ便宜上の人の形を与えた。
本来、罪深きものは、それぞれに独自の形態を有している。
便宜上と前置くのはその為だ。
人造生命と魔導骨格の混成体であるのは共通。
形態変化に応じた構造こそがアデル・ルミナフの真骨頂らしい。
その所以は、罪深きものが異なる生物相を模している為だ。
工房で会ったクリスタスは甲殻類、ダリル・カデットは霊長類と目されている。
彼の制御が複雑なのは、神経系統に特性がある為らしい。
単純そうな少年だったが、人はそれだけ奥深いのだろう。
日誌を手繰りつつオベロンは感心する。
そのダリル・カデットが復元されたのはディオの復帰の間もなくだった。
ミリア・フィストレーズの専属もダリルが契機になっている。
霊子工学などと、馴染みのない権威の永久就職先だ。
ふと射殺されそうな視線を夢想してオベロンは肩を竦める。
だがその前の、マヌムルと云う罪深きものの復元は二年前。
つまりディオ・ルミナフが不在の間、研究は中断していた事になる。
表向きは。




