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仮面ノ騎士  作者: marvin
迷子ノ旅人Ⅱ
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第3話

「クリスタス」

 ミリアが無謀に飛び出した。

 ダリルを庇い、立ち塞がる。

 しかし男に機材と人の区別はなく、ミリアに手を掛け圧し撥ねようとする。

 その肩越しにダリルの華奢な腕が伸びた。

 クリスタスの手を掴む。

 引かれてクリスタスが飛び転がった。

 つい無意識に手を出してしまったものの、オベロンは膂力に舌を巻いた。

 ダリルの重量を鑑みてもクリスタスの身体は厚みが違う。それを軽々と。

 クリスタスの袖が破れて指が滑った。

 その腕に硬質の殻が競り上がる。

 服を内から張り裂いて、厚い外皮が覆った。

 前傾姿勢のそれは、まるで巨大な甲虫だ。

 見目に硬くて刺々しい。

「何の冗談かな」

 例えダリルが頑健な魔導機であれ、生身で鋏を掴むようなものだ。

 無事でいられる想像ができない。

 つい後退ったオベロンだが、胸から伸びた導管に引かれて蹈鞴を踏んだ。

 慌ててその場に踏み止まる。

 引き千切ってよいものか、その逡巡の間にクリスタスが飛び掛かって来た。

 思わず片手を突き出して剣呑な前肢を受ける。

 もう一方の手はと云えば、転び出そうな胸の炉心殻を押さえたままだ。

 だが、クリスタスを留めた腕が形を変えた。

 ダリルの腕が割れて硬質のものが覗く。

 オベロンの危機感に反応している。

 面倒事の予感がした。

 必死に抑え込もうとするも人体にはない感覚だ。どう動かすのか解らない。

 不意に生気を引き抜くような開放感に震えた。

 焦って無理やり逸らした反動か、ダリルの身体が後ろに撥ね跳んだ。

 オベロンはダリルの身体を弾き出され、宙でその有様を俯瞰した。

 堪えた弾道が上に流れて壁を縦に裂いている。

 甲虫のようなクリスタスは半身が失せていた。

 ダリルの腕の直線上、壁には天井まで抜けた縦の大穴が空いている。

 どうにか抑えたせいか上に行くほど狭くなる。

 とは云え、裂け目の周りは大きく焼けて、工房の骨格が溶け落ちていた。

 焼けた雫が辺りに散って焼穴には白煙が畝る。

 幸い火災は起きてはいないが、焦げた匂いと煙とが腰から上を埋めていた。

 ミリアがしゃがんで辺りを探る。

 ダリルがアデルを介抱していた。

 意識が身体に引き戻されている。

 壊れ物に触れるような手と千切れて垂れた導管を見て本人だろうと確信した。 

「ダリル、姉さんは」

「大丈夫よ」

 アデルが代わってミリアに応えた。

 腰を屈めて近づく際に、煤けた部品がミリアの靴先に当たって転がった。

 炉心殻だ。クリスタリスのものだろう。

 この災厄でも焼け残るとは、千年埋もれた罪深きもの(ブラスフェミア)が起動する筈だ。

「何が起きたの」

 アデルに訊ねる。

「ダリルの防衛装置よ、出力はかなり抑えたみたいだけど」

「抑えた」

 この有様で。

 罪深きもの(ブラスフェミア)は各々に特性がある。往々にして兵器にも成り得る。

 だが、これは。

 明らかに兵器そのものだ。

 クリスタリスはダリルを恐れていた。

 むしろダリル以外の何者かがダリルになるのを阻止しようとしていた。

 罪深きもの(ブラスフェミア)には『見える』のだ。

「あいつは何処、まだこの辺りにいるの?」

 ミリアは虫を追うように顔の周りで手を振る。

「あいつ?」

 ダリルがきょとんと首を傾げる。

「はいはい、此処にいますよ」

 声がした。酒焼けしたような枯れた声だ。

 燻る大穴の向こうに大きな鍔広帽子が覗く。

 立ち上がるダリルを見て及び腰になった。

「そこ、今度はちゃんと抑えて」

 嗾けようとしたミリアを、アデルが止める。

「オベロンね?」

 苦笑しながらダリルの手を引いた。

「はいどうどう」

 陽気な声をダリルに掛けて、裾長の外套に身を包んだ男が身を晒した。

 吊られた人形のように、ふわりと宙を越える。

 二人の姉妹は呆気に取られ、目線を巡らせた。

「泥棒だ」

「探偵だよ」

 ダリルの言葉にオベロンが指摘する。

 どうやら鍔広帽子の下は人の身体ではない。

 上手く誤魔化してはいるが、恐らく細身の鎧のようなもだと二人は気付いた。

 それも、中身の入っていない。

「本当に幽霊なのか」

 ミリアに呆れた間を置いて、オベロンは諦めの仕草を見せた。

「まあね、それも間違いではないから」

 話の通じそうなアデルを振り返る。

 床に座る目線に合わせて膝を突いた。

「こんな有様で人が来たりしません?」

「すぐに確認があるでしょう、応じておけば入っては来ません」

 オベロンが頷く。

「それはそれで問題だけど」

 確かに遠くで警報らしきものが響いている。

 思う間もなく館内線が呼鈴を鳴らした。

 ミリアが頷き、駆けて行く。

「あの契約は生きていますか?」

 オベロンがアデルに訊ねる。

「この有様を見ても逃げないのなら」

 正直、オベロンは逃げ出したい気分だ。

 とはいえ、ここで諦めてはエルサルドールまで姉妹を追って来た甲斐がない。

「なら場所を替えませんか、散らかり過ぎだ」

 アデルの手を引いて立ち上がらせる。

 微かな関節の音にアデルは想像を確信した。

「泥棒と仲良くするの?」

 ダリルが不思議そうに問う。

「探偵だ、ポンコツ」

「ポンコツって言った」

 ダリルが訴えて地団太を踏む。

 その反応を眺め遣り、アデルは半ば呆然と、そして小さく微笑んだ。

「貴方を雇うわ、探偵さん」

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