第2話
「実によくできた人型だよねえ、僕に身体があった頃を思い出すよ」
ダリル・カデットはそう言って、開胸された胸を恐々と覗き込む。
「わあ」
間の抜けた声が出た。
「オベロン?」
「探偵?」
呆気に取られた姉妹を見渡し、オベロンは呑気に自身の頬を突ついた。
「穏便に行こう」
前回のような騒動は御免だ。
少年が眠っている隙に訪れた意味がない。
「害意はありません、この少年に恨みがある訳でもないのですよ」
顔以外は。
「どうやってダリルを動かしているの」
アデルは早くも冷えている。
向けているのは敵意ではなく分析の眼差しだ。
流石は禁忌の大魔術師。
とは云え、とオベロンは頭を掻いた。
「僕は幽霊みたいなものだから、その、先生方とは専攻が違うかも」
彼女たちは魂を扱う分野に程遠い。
「星辰態だとでも?」
オベロンは内心驚いて、同時に安堵もした。
魔導機の類の専門に、理解に足る説明ができるとも思えなかったからだ。
被検体の鼠が実験を説くようなものだ。
「話が早い」
言って、さり気に小首を傾げる。
「それとも、お仲間に専門家が?」
ミリアが舌打ちした。
「ダリルの口で喋られると腹が立つな」
些か強引に話を逸らした。
不機嫌な仕草で状況の理解を示して見せる。
実際、ミリアも星辰界に及ぶ探求は幾例も聞き及んでいた。
魔導機器との融合は〈教授〉の被検体が壮絶な完遂を遂げたばかりだ。
だが、と姉妹は微かに目配せを交わした。
オベロンは恐らく組織の外だ。
これほど奇異な存在が知られる事もなく、こうも気儘に振舞うなど奇跡に近い。
「穏便に、と言ったわね」
アデルが訊ねる。
「言ったとも」
「それは脅しか、取り引きか」
ああ、とオベロンは少年の口で嘆息した。
物分かりが良すぎるのも問題だ。
どうやら魔術師は思いの外に手強い。
少年の身体を人質に交渉するつもりが、相手も腹に一物がある様子だ。
こちらを駒に使う気だろう。
「困ったな、有利に思えなくなって来たぞ」
オベロンは素直に口にした。
このまま消えても追いようがない。
二人にそう認識させる為の及び腰だ。
「探偵なのね、取り引きなら報酬を考慮します」
アデルが宣する。
ミリアは口を挟まなかった。
だがその目は諸手を挙げて、ではなさそうだ。
「情報とは別に?」
「情報とは別に」
なら仕方がない。オベロンの決断は早かった。
好奇心の勝ちだ。
「でも、危ない事はしませんからね」
「幽霊の癖に」
ミリアが聞えよがしに呟いた。
ダリルの身体でオベロンは肩を竦めて見せる。
「何かと不便も多くて、何なら僕にもこんな人形を誂えて貰えませんか」
「ダリルを人形なんて呼ぶな、それよりさっさとその身体を出ろ」
ミリアはどうにも当たりが強い。
普段のダリルを知るからこそだ。
「出たら話すのが面倒なんだけどな」
「外にもう一体いるから、それを使え」
アデルは二人の会話に口を挟まない。
変わらず思案と分析の眼をしている。
こうして会話を続けさせ、オベロンの反応を引き出しているようだ。
実に連携が取れている。
星辰態の目を凝らし、オベロンは機材を抜いて扉の奥を覗き見た。
潜入の際、遠目に知覚した蒼い灯だ。
「乗り移るのは面倒そうだ」
「いちいち文句が多いな、おまえ」
アデルはダリルの胸に繋がったままの導管を目で辿り、オベロンに訊ねた。
「空ではないから?」
ミリアは語意の理解に間を要したが、オベロンは感覚的に問いを察した。
「もう魂が入っている、人憑けないのと同じ」
無理難題を押し付けてくれるな、とオベロンは釘を刺すつもりでそう応えた。
「それが人造の魂でもね」
見る見る強張る二人の頬を眺めてオベロンは戸惑った。何をそんなに驚くのか。
そも少年の身体はオベロンに馴染む。
物を動かすのではなく、身体を動かすように無意識に繋ぐ事ができるからだ。
機器の中の少年も扉の向こうの蒼い灯も、魂に似せて造られたものだ。
「なるほど、これが専攻の違いか」
気付いてオベロンは思わず呟いた。
罪深きものと云う名だったか、そも二人はあれの見方が違うのだ。
人造物に星辰態はない。
想像さえもしなかったのだろう。
確かに見えなければ分からないのも道理だ。
罪深きものが人造の魂だと知らなかったのだ。
「あ、しまった」
オベロンが声を上げた。
意識を凝らして覗いたせいで、扉の向こうの蒼い灯に認識されてしまった。
「ねえ、誤魔化してくれませんか」
オベロンが懇願し、二人は我に返った。
だが、何をと問うより先に扉が落ちた。
丁番ごと捩じ切れ押し倒される。
太く短い人影がぐるりと部屋を見渡してダリルの身体に目を遣った。
「止まれ、クリスタス」
ミリアの声に身動ぐも、男は詰まれた機材を避けることもしない。
崩れて落ちるのも構わず掻き分けて直進する。
その眼はダリルを、その内のオベロンを見据えて放さなかった。




