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仮面ノ騎士  作者: marvin
迷子ノ旅人Ⅱ
43/62

第1話

 再臨歴一九七六年、大陸中央

 エルサルドール公国ラコルデール宗主領


 アデル・ルミナフの工房は研究棟の奥にある。

 魔導院の敷地だが、区分は財団の私有地だ。

 周辺の棟に通うのは技師や魔術師、事務局員。

 奥には限られた者しか来ない。

 夜半の今は、女が二人きりだ。

 アデル・ルミナフとミリア・フィストレーズ。

 二人は私室か物置きと化した一室にいる。

 部屋は四方が機材の山だった。

 宛ら芝生迷路の様相を呈している。

 無理に拡げた中ほどの間には作業台がある。

 その傍には機材と数脚の椅子と二人。

 台の上には半裸の少年が寝かされていた。

 ダリル・カデットだ。

 正確を期するのであれば、ダリルの意識はミリアの眺める映写盤の中にあった。

 横たわっているのは脱け殻だ。

 ダリルは意識を繋ぎ替えられている。

 ミリアの管理下で眠っていた。

「上書きは無理だ、服従条理(イエーサー)は融合してる」

 だから言ったのに、と付け加える。

 ミリアは匙を放り投げた。

奉神条理(ジェミニイ)はそのまま?」

「影響なし」

 状況に進展はない。安定性も実証できない。

 このまま制御が適わなければダリルは破棄も視野に入る。炉心殻に逆戻りだ。

 それがルミナフの方針でもある。

 猶予はなかった。

 決断に至って一年に近い。

 動因は直轄領での事故だ。

 ダリルが暴走し、破損した。

 塀に備えた駆除式警備は万一に備えた対重魔導機用だ。

 それに接触してしまった。

 脱走しようとしたのではないか。

 それがディオの見解だ。

 今はアデルの預かりだが、ダリルの処置にはそれが大きく加味されている。

「あの子、ダリルを棄てる気だ」

 ミリアは不満を隠さない。

 罪深きもの(ブラスフェミア) の最後の一機は彼の手に余る。

 そもダリルの奉神条理(ジェミニイ)が未解明だ。

 恐らく硬度の高い道徳心、もしくは宗教的な命令(オーダー)。それも、千年前の信仰だ。

 再臨歴の以降、今の教会に塗り潰された世界史に解明の糸口はない。

 ダリルを単純な魔導機の如く扱い、無理やり上書きを試みたディオの失策だ。

 二律背反は目に見えていた。

 ダリルは真似て造られた模造品ではない。

 罪深きもの(ブラスフェミア)条理殻(ドグマコア)は決して白紙化できない。

「私たちの方法でやるだけよ」

 アデルの結論も一年前にあった。

 二つの条理を受け入れる為には、ダリル自身に強力な自我が必要だ。

 その見解はミリアも共有している。

 問題は自我構築の方法だ。

「本当に、この子をマリエルの傍に置ける?」

 ミリアは横たわる少年に目を遣った。

 ダリルは胸の生体部品を鉗子で固定され、剥き出しの炉心殻を灯に晒している。

 罪深きもの(ブラスフェミア)の本来がそれだ。

 彼の条理回路(ドグマコア)も物理的にはその中にある。

罪深きもの(ブラスフェミア)なら近くにもいるわ、平気よ」

 アデルは顎先で機材の向こう側を指した。

「クリスタス?」

 扉の向こうのずんぐりした人影も、ダリルと同じ罪深きもの(ブラスフェミア)だ。

 二人の護衛、もしくは監視を担って財団から派遣されている。

「甲殻類と一緒にしないで」

 ミリアは口を尖らせた。

 復元された罪深きもの(ブラスフェミア)は十二体。

 発掘当時の炉心殻は、見目にそう差はない。

 だが、それぞれが異なる生物相に対応する。

 固有機能や発達特性、本来の第二形態は、各々が自身の生物層に沿うものだ。

 人の姿をしているのは、あくまでアデルの用意した素体の部分だ。本質は違う。

 実際、第二形態は人でないものに変異する。

 それが罪深きもの(ブラスフェミア)の在るべき形態でもあり、千年前の本来の姿だ。

 彼らは何者か。

 何の為に造られたのかも不明だ。

 そんなものを娘の傍に置いて、自我形成の教材にするなど。

「責任、取れない」

 ミリアが小さく吐き出した。

 アデルは小さく肩を竦める。

「マリエルは私の娘よ、大丈夫」

 微笑んだ。

 映写盤を向いたミリアの視線を拾い上げる。

「この子も、貴方も信じてる」

 作業台が微かに揺らいだ。

 二人が怪訝に目を遣った。

「幾つか訊いても構わないだろうか」

 不意にダリルがそう訊ねた。

 二人は驚き腰を浮かせた。

 動揺するも確認に手を動かす。

 魔術師の咄嗟の行動を、ダリルは感心したようにのんびりと眺めている。

 二人は各々に機材を覗き込み、ダリルの意識の在処を追確認する。

 今のダリルは動力こそあれ、条理殻(ドグマコア)の自我はそこにな筈だ。

「意識は確かに休止している」

「うん、少年の意識はないな」

 ミリアの言葉にそう割り込んで、ダリルはゆらりと半身を起こした。

 転び出そうな炉心殻を慌てて押さえ、呆気に取られた二人に目を遣る。

「失礼、身体を借りてみた」

 ダリルは言って胡坐をかいた。

「僕はオベロン、探偵だ」

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