第4話
「あんたはダリルをどうしたい?」
マリエルはミリアとの遣り取りを反芻した。
屋敷の庭の木立の庇。マリエルは持ち出した椅子に所在なく腰を掛けている。
ダリルは目の前で虫を追ったり葉を眺めたり。
人の気も知らず、呑気なものだ。
あの夜、ダリルは頽れたままでいた。
抱え込んだ腕が戻るまで、マリエルの目からそれを隠そうとしていた。
ミリアは焼け残った部品を靴の先で突つく。
恐らくミルパット炉心殻だ。ミリアはそれを、そのまま何処かへ持って行った。
「姉さんこそダリルをどうしたいの?」
マリエルは、ミリアに向かって訊ね返した。
「見ただろう、あれを制御する自我が必要だ」
ダリルを見遣ってマリエルは問う。
「ダリルを兵器にしたいの?」
「求められれば、そうなるだろうな」
母は自由な智の探求者だった。
ルミナフにいる以上、その自由には枷がある。
「それは、ダリルにとって幸せなの?」
「マリエル」
ミリアが咎める。
人造物の幸せを問う時点でマリエルは魔術師の本分を踏み外している。
ディオならそう言うだろう。
「千年前の魔導機に人と同じ扱いはできない、自我はあくまでその制御だ」
「人格を造ったのは姉さんでしょう」
「あたしが関わったのは構造だけだ、疑似人格も育成は人と変わらない」
子育ては大変だ。
古いの会話を思い起こした。
ミリアが知らず苦笑する。
「ダリルが怖いか?」
マリエルに訊ねた。
「怖い」
答えてマリエルは唇に力を込める。
「でも、一緒に居たい」
ミリアはマリエルの肩を抱き、髪に頬を摺り寄せる。
言い聞かせるように囁いた。
「あたしがダリルをどうしたいかじゃない」
アデルならそう言うのだろう。
「あの子がどうなりたいかだ」
マリエルはダリルに目を遣った。
「そして、あんたがあの子をどうしたいのか」
ダリルが庭に立ち、門の向こうを覗いている。
想いを巡らせていたマリエルは、庭を横切って来るミリアに目を遣った。
「痛み分けってとこだ」
ミリアは切り出してマリエルに並んだ。
余った椅子を引き寄せて座る。
恐らくディオとの交渉だろう。
「オーベル小父さん、憶えてるか?」
いきなりだ。
父の友人で『こちら側』の技師。
もう名前しか記憶にない。
「疾うに隠遁してるんだが、ずっとあたしらのこと気に掛けてくれてる」
ミリアの言葉には幾つかの行間がある。
隠遁とは、ルミナフや財団と係わりを断ち、身を隠しているに等しい。
気に掛けていると云うことは、未だ密かに連絡を取っているのだろう。
「ダリルを連れてそこに行け」
「そこって」
「シュタインバルトだ」
てっきり屋敷の修理の間、少し身を置く程度の事だと思い込んでいた。
大陸の東の端だ。旅程で家が建つ。
「姉さんは?」
「あたしは行けない、こっちで睨みを利かさなきゃならん」
話は詳しく聞かされていない。
だが、今回の件は母がルミナフの家から何かを持ち出していた事が原因だ。
ミリアも『何か』は知らないと云う。
その上で工房と屋敷、それぞれをディオとミリアが探っていたらしい。
ダリルの起こした件の事故でミルパット諸共消し飛んでしまった。
くだらない。
否、くだらなくはないのだろう。
だが、例え託されたものだとしても、母から受け取ったものは既にある。
「でも、シュタインバルトなんて」
「同行人を用意した、見た目は怪しいが、まあ信用はできるだろう」
ミリアが応えて顎先を向ける。
いつの間にやらダリルの隣に大きな鍔広帽子の人影が立っている。
「本当に怪しい」
「酷いな」
聞きつけて、鍔広帽子の男がやって来る。
「僕はオベロン、君らを遥々シュタインバルトに送り届けるよう仰せ付かった」
鍔の下に顔を隠したまま、オベロンは気取ってそう言った。
「せめてもの罪滅ぼしにね」




