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仮面ノ騎士  作者: marvin
迷子ノ旅人Ⅰ
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第2話

 マリエルの物忌みは一変した。

 ダリル・カデットのせいだった。

 彼のような、人と見分けのつかない魔導機は一般的に存在しない。

 しない事になっている。

 魔術と云えど異端の境界線だ。人造生命(ホムンクルス)などは更に限定的だった。

 ダリルを連れて歩くなら、あくまで人の振りをさせる必要があった。

 外見上は問題なかった。

 人の肌とは組成も異なるが、目を近づけても生体部品の再現性は高い。

 機能上も問題はない。

 唯一無二の炉心殻は、魔導骨格(フレーム)のような補給や整備の必要さえない。

 だが、少なからず問題があった。

 まずは見栄えが良過ぎる点だ。

 隣に居るのは引き籠りの地味な女だ。

 隣のマリエルに刺さる視線が痛い。

 更に、ダリルの中身は幼児だ。

 よくて時計に育てられた野生児だ。

 子供のような好奇心。生物的な生理への無知。世間知らずが度を超えている。

 近くば居た堪れず、離れれば拐われかねない。

 案じるだけで気が遠くなる。

 不安と羞恥で夜も眠られず、憂鬱と懸念で起き出す事もできない。

 しかも寝床に籠もろうものなら、心配したダリルがずかずかやって来る。

 マリエルの寝起きや寝姿に対して、気遣いも遠慮も何もない。

 ミリアはあくまでダリルの社会性と人格の構築が目的だと言う。

 しかも互恵的に。

 余計なお世話だ。

 確かにマリエルの交友は狭い。

 同世代が集まっていても、黙って後ろで息を殺しているばかりだ。

 マリエルは内向的で会話が不得手だ。

 確かにミリアの目論見通り、社交性を学ぶ必要はあるかも知れない。

 しかしダリルは急すぎる。

 せめて同性の型式ならば。

 それでもダリルを連れて外に出た。

 マリエルは根が真面目なのだ。

 そしてきっと奥底で負けず嫌いなのだろう。

 目立たぬ場所であれこれを教え、所用の間は図書館の隅にダリルを隠した。

 虚無な会合を済ませた後は、また人目を避けてダリルを連れ歩く。

 まるで秘密の逢瀬のようだ。

 気付かないほどマリエル当人は必死だった。

 忙しない時期だった。

 マリエルは冠位を得たばかりだ。

 新任の門弟(カウント)に幼児を育成する暇はない。

 母に関する諸々はディオと財団が処理するが、学位については自分事だ。

 周囲に喪中の気遣いはある。マリエルの負担は十分に少ない筈だった。

 それでも毎日が忙しい。

 マリエルにとっては半日で半年分の他人と話をしている。

 表の魔術師は大変だ。

 体力よりも気疲れが酷い。

 会う人ごとに母への弔辞が長々とあった。

 まるで教会の説教のように同じ話を繰り返す。

 誰もが母の偉業を語るが、それはあくまで表の舞台だ。

 本当の功績を知る者はない。

 知られる訳にもいかなかった。

 魔術師の本分は解析だ。御柱に賜る種々の技術は、基礎の知識を欠いている。

 それを解き発展させるのが魔術師の役目だ。

 蒸気炉、伝信、照明、医療。

 全て魔術師が解析し、世界に応用を拡げた技術だった。

 母の探求も根本は同じだ。

 ダリルは有史以前の遺物だ。

 確かに彼の在る意味は、もはや御柱の世にははないのかも知れない。

 教会は異端と断じるだろう。

 だが、魔術師(私たち)の本分は変わらない。

 むしろ自由な智の探求者だ。

 母が偉大な魔術師であった事は、異端であろうと変わりがない。

「魔術師アデル・ルミナフを尊敬しています」

 弔意の後にマリエルはそう繰り返した。

 表情すらも意識して作れた。

 その想いは本当だ。

 師としてならば言葉にできる。

 ただ、母の彼女が語れなかった。

 未だそれが描けずにいる。

 ダリルはちゃんと隠れているか。飢えた女の子に見つかってやしないか。

 神妙に作った表情の裏で、ダリルのことばかり心配している。

 マリエルは胸の内て溜息を吐いた。

 それが逃げ道とは皮肉が過ぎる。

 しかしミリアは見越したうえで、ダリルをマリエルに寄越したのかも知れない。


「それ、部屋の奥に運んで、そっとよ」

 人より大きな機材を抱えたダリルに言い付け、マリエルは脇で扉を抑えた。

 挨拶回りと魔術師会議は一応段取りを終えた。

 当面は自由にできる。

 なので、マリエルは引き籠りの準備を始めた。

 母のように自身の工房がないマリエルは、屋敷の部屋を機材で埋めている。

 何より今はダリルがいる。

 力仕事は前の比ではない。

 荷馬車や業者の手配も不要だ。

「こんなのを持って女の子と歩くのは普通?」

 ダリルの置いた機材が補強した床を軋ませる。

「普通よ、普通」

「ホントかなあ」

 何かを基準に疑う事も困惑したような表情も、思いの外に仕上がって来ている。

 中途半端な自分でもダリルをこうした普通の手前にまでは連れて行けるようだ。

 マリエルは小さく勝ち誇った。

 ダリルが物珍し気に部屋を見渡している。

 壁は全て機材で埋まり、腰から下は積まれた部品で迷路のようだ。

 装飾風だが、吊るされているのは魔導機だ。

 隙間のない机の上は、まるで殺人現場のように人型の部品が散らばっている。

「女子の部屋をじろじろ見ない」

 言ってマリエルは内心呻く。

 一般的に、女子としてこの部屋は普通なのか。

 湧いた不安を振り払う。

 ダリルは興味深気に机上に目を遣り、肘から先の部品を拾い上げた。

 拙いマリエルの人型魔導骨格(フレーム)だ。

「ボクの手と同じだ」

 母の組んだ魔導骨格(フレーム)は、そんなものよりずっと繊細にできている。

 実際ダリルに使用されている部位は、母のを基盤に更に機能化されていた。

「あなたのはもっと複雑」

 そんなのは真似て造った玩具のようなものだ。

「でも、ほら」

 ダリルは義体と指を絡め、握り合って見せる。

 無邪気にマリエルに微笑んだ。

「アデルのくれた指と同じだ」

 見返すダリルが驚いている。

 狼狽える彼を見て、マリエルはようやく自分が泣いているのだと気付いた。

 驚いて息を詰める。我慢しようとして抗えず、吐息と一緒に声が出た。

 止まらない。震えて声を上げて泣く。

「痛い? 悲しい?」

 首を振る。

 ダリルは慎重に手を伸ばし、壊れ物を扱うようにそっと肩を抱いた。

 マリエルの背を撫でる。

 誰がそんな行動をダリルに教えたのだろう。

 ひとしきり泣いて、泣き止むまで、ダリルはずっとマリエルにそうしていた。

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