第2話
大陸を伏せた三日月とするならば、聖都は内の弧の中央に位置している。
対してフォルゴーン侯爵領のシュタインバルトは、遥か北東に位置する小国だ。
だが、その成り立ちは古い。
再臨歴の序に於いて既に国の礎があった。
人が再び導きを得て、鬼獣を排して拓いたのが現世だ。
世界は御柱の庇護の下にある。
故に人類史は再臨歴と呼ばれる。
シュタインバルト公国もまた、そうした世界の一隅に歴史を刻んでいる。
ラグナス・フォルゴーンが、そんな世界の一端を覗いたのは三年前だ。
彼が十四、フェルクスが十五の歳だった。
二人は聖都に遊学した。
ランズクレストを冠するものは三つある。
内海を抱く唯一の大陸。
聖公国連合の首領国。
そして、その首都だ。
そも聖教会を国教とする聖公国連合は、三〇〇余の公国と諸領から成る。
連合国府、公国議会、中央政府を置く聖公国連合の首都の通り名が、聖都だ。
聖都遊学は侯爵家の慣例であり、フェルクスもまた騎士見習いとして随伴した。
ラグナスは要人の寄宿舎校、フェルクスは名門の騎士校が行く先だ。
シュタインバルトを出てからは、専用馬車でひと月以上を要する旅程だった。
田舎暮らしの心情は、約束の地ほどに遠い。
メルシアは気丈に二人を送り出し、途切れず月に二回の便りを寄越した。
当初の予定は五年だった。
ラグナスが返信を疎かにしたせいで、メルシア突貫の危機も何度かあった。
従騎士となったフェルクスは多忙だ。
日々ラグナスを見張ってはいられない。
案の定、好奇の尽きないラグナスは、早々に歳相応の講義を放り出した。
多彩な分野に興味を抱き、気儘に最高学府を覗いて回る。
その才覚も彼にはあった。
そして、リリウム・ファリアに巡り合った。
直轄領を拝する色位の大魔術師だ。
魔導工学。
霊子工学。
神生化学。
神化生物学。
そして、創世史学。
大魔術師の気まぐれか、ラグナスはファリア伯に導かれ魔術の深淵を垣間見た。
曰く、情もあったらしい。
かつて見た友人の姿。
息子と工房で肩を並べるその様が羨ましかったのだそうだ。
同じく賢人と称えられる大魔術師、ライン・ルミナフ伯の事だ。
それは後で知った。
不幸にも伯の子息は事故で没したらしい。
ファリア伯には娘もいたが、当時は五歳だ。
扱いの勝手も違うのだろう。
何となくだが想像はつく。
子に不器用なのはラグナスの父ルイ・フォルゴーンも同じだ。
とまれ、遊学の日々は順風満帆だった。
シュタインバルトの若い二人は人気も高く、広い聖都の各方面に名が売れた。
本来の期間が全うできていたら、遊学の後も居付いていたかも知れない。
ラグナスも正式に、ファリア伯の下で更なる深淵に触れていた事だろう。
だが、フェルクスが落馬した。
従騎士の任務中の事故だった。
左足を傷め、後遺症を残した。
帰郷は煩慮の末の事だ。
この脚では、とフェルクスが断念した。
ラグナスは一喝した。遊学など構わない。
だが騎士を辞する事だけは認めない。
よい機会だとばかりにその日のうちにラグナスは寄宿舎を引き払ってしまった。
メルシアが許嫁であるように、フェルクスはラグナスの唯一無二の騎士だった。
その約束を破るなら爵位は継がない。
そうラグナスは宣言した。