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仮面ノ騎士  作者: marvin
迷子ノ旅人Ⅰ
39/62

第1話

 再臨歴一九七七年、大陸中央

 エルサルドール公国ラコルデール宗主領


 粛々とした送魂の祝詞が、外の雨垂れに混ざって溶ける。

 献花の列は絶え間なく、ただ清浄の灰に積もって行った。

 聖堂の柩は形式だ。母の身体は既にない。

 だが、どれほど母と意識しただろう。

 マリエル・ルミナフはぼんやり想う。

 アデル・ルミナフは教師だった。

 同科の魔術の師でもあった。

 母ではあったが、よく分からない。

 言葉が通じたのは工房の中だけだ。

 いつも遠くを見ていた印象がある。

 湿った空気が肩に乗って重い。

「あとは僕と財団で済ませるから、今日は帰ってゆっくり休むといい」

 真っ直ぐ献花に目を遣ったまま、ディオ・ルミナフはマリエルに小さく囁いた。

 母は違うが優しい兄だ。

 だが何年も話していない。

 直轄領を出て以来、その機会はなかった。

 兄の笑顔に体温を感じなくなってから、もうどれくらいになるだろう。

 ディオは義務として親族を演じている。

 列席の叶わなかった父の代理だ。

 表に出なくなったライン・ルミナフの代わりに、兄は工房を仕切っている。

 家族としては、いないも同じだ。

 客人のような振る舞いが、今の彼なりの礼儀なのかも知れない。

「ほら」

 伸びた手が、ぶっきらぼうに肩を抱く。

 気取らない芳香はいつもより強い。

「一緒に帰ろう」

 ミリア・フィストレーズは母の妹だ。

 共に聖都を離れ、西国のエルサルドールに移って二年前になる。

 母と離れているせいか、マリエルに対しては自分を姉と呼ぶよう強要する。

 彼女もまた優れた魔術師だが、母にも増して生活力がない。

 それだけは似ている。

「フィストレーズ」

 頬を微かに傾けて兄がミリアに声を掛ける。

「お願いします」

 ミリアは返事に頷くともつかず、少し目を細めて見せただけだった。


 アデル・ルミナフは過労で倒れた。

 独りきりの工房で、見つかったのは翌朝だ。

 ルミナフの一族は遺体の浄化が先にある。

 葬儀の折りは灰だけだ。

 マリエルが最後に母を見たのは、清めるまでの僅かな間だった。

 仲が悪かった訳ではない。

 会っていなかった訳でもない。

 だが、どれほど話をしただろう。

 工房にほど近い二人の屋敷にも、母はほとんど居付かなかった。

 その工房で棟を焼くほど大きな事故があったのは、一年ほど前の事だ。

 それでも変わらず通い続けた。

 マリエルは部屋に機材を持ち込んでいるが、母の自室は工房だ。

 だから屋敷は二人に広い。

 この居間も、二人で使った記憶がない。

「大丈夫?」

 戸口でミリアがマリエルに訊ねる。

 こうも皆に気遣われるなら、今の自分は相当酷い顔をしているのかも知れない。

 正直、マリエルには実感がなかった。

「あたしも暫くこっちに居るよ」

 扉に半身を潜らせつつ、廊下に顔を覗かせて使用人に声を掛ける。

「ジネット、お酒を用意しておいて、姉さんのと同じのでいいから」

 返事が聞こえた。

 財団に派遣された通いの使用人だ。

 二人の食事や家の世話を依頼している。

 毎日、という訳ではない。

 マリエルはアデルほど家事を割り切っていなかった。拙くても料理はできる。

 だが叔母は母の同類だ。

「気を遣わなくても大丈夫よ、叔母さん」

「姉さん」

「私は平気よ、姉さん」

 言い直すとミリアは笑った。

 マリエルにとっては面倒見の良い姉御肌だ。

「整理もあるだろ」

「お母さんの部屋、そんなに物がないよ」

 生活のほとんどが工房だった。

 アデルの私物は衣装くらいだ。

「工房はディオ、あたしらはこっちの整理」

 有無を言わせず居座る気だ。

 ミリアは長椅子に荷を放り出して腰掛ける。

「兄さんはじき帰るんでしょう?」

 ディオは直轄領の工房主だ。長期で聖都を空ける訳にはいかない。

 今回はたまたま滞在できたが、危うく父も兄もいない葬儀になる所だった。

「らしいね」

 ミリアにディオの親族感は希薄だ。

 幼い頃はそうでもなかったのだが。

 むしろ今はミリアにとって財団の代理人といった位置付けなのだろう。

「あの、ミリアさま」

 ジネットが扉に困惑した顔を覗かせた。

 ミリアは首を捻って振り返る。

 そうだった、と声を上げた。

「通してやって」

 応えてジネットが廊下を振り返る。

 礼を言う声で誰だか分かった。

 マリエルの頬が無意識に強張る。

 少し重い靴音が敷居を越えた。

「こんにちは、この挨拶で合っていますか」

 ダリル・カデット。

 こうして会うのは二年振りだ。

「久し振りって言え」

 ぞんざいに応えるミリアの傍に駆け込み、思わずマリエルは袖を引た。

 半ば無意識に身の隠し所を探している。

「知ってるよね」

 きょとんと振り向くミリアが問い返す。

 その二重の意味もマリエルは分かる。

 ダリル・カデットは知っている。

 人でないのも知っていた。

 ダリルは人造生命(ホムンクルス)魔導骨格(フレーム)の混成体だ。

 罪深きもの(ブラスフェミア)と呼ばれる希少な機体だ。

 ルミナフ家の裏側にある、世に伏せられた巨大な功績でもある。

「あれからこっちで修復してたの、あたしが面倒を見てたんだ」

 あの夜の事故は知っていた。

 マリエルは現場にも立ち会った。

 そもダリルの疑似人格はミリアの手に依る。

 ミリア・フィストレーズは霊子工学(ネクロウェア)の権威だ。他に追随する者がない。

 確かに範囲の狭い学科だが、表向きには開位(コーズ)の魔術師でもある。

「姉さん、まさかここに置かないよね」

 耳の先が熱くなる。

「人じゃないぞ」

「知ってる」

「男の子でもない」

「知ってる」

 指摘されるたび頬が朱くなる。

「ダリルの人慣れ、社会性の訓練のためだ」

「だったら」

 ミリアはマリエルを眺め遣り、意地悪く鼻で笑って見せた。

「あんたも一緒に訓練だ、一石二鳥だろ?」

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