第2話
その日。
屍の埋める穹窿の只中で三四号は頽れた。
頭具の内で破裂した『安全装置』は一瞬で彼を死に至らしめた。
ガフ・ヴォークトが制御器を奪った瞬間。
否、〈黒司教〉が破棄を叫んだ瞬間から、ラピスは霊導繊維を駆けていた。
被検体を一片も残さず滅却する。
滅しようのない呪詛を永遠に隔離する。
ならば行き先は限られていた。
最下層の地熱溶岩炉だ。
剥き出しの岩漿の坑道を封じ、高圧の炉に転じた、かつての大型動力炉だ。
今では放棄施設だ。
制御が不安定で最早実用に耐えない。
施設自体もじき溶け落ちるが、焼却炉としてこれほど優秀な物もなかった。
冥界に直結した刑場としても。
仕組みは至って単純だ。移送器ごと炉に投棄する。退避路は何処にもない。
ガフ・ヴォークトの指示で実験場に処理隊が駆け込んだ。
沼地を掻くように遺体を踏み分け三四号に近づいて行く。
ラピスは軌条の管理に割り込み、路線の配置を組み替えた。
正規の経路に監視眼を見つけ、偽装の移送器を呼び寄せる。
細く繋いだ共感索に怖気が走った。
復活が早が早過ぎる。
高等生物として在り得ない。
処理隊が三四号に手を伸ばす。
寸前、咄嗟に共感索に負荷を掛け、三四号の神経線維をもう一度断った。
再生を気取られてはならない。
移送器に曳かれる身体を監視眼で見遣る。
だが、ラピスとの繋がりもこれで断たれた。
最早三四号を追う事はできない。
目覚めたとき、彼は独りきりだ。
せめて一騎。
彼と繋いだ生体兵装の一体だけは、近くに送り出す事ができるだろう。
軌条に乗った棺を辿り、ラピスは生体兵装の搬送指示を書き換えた。
まるで時間を圧し縮めたような、目まぐるしく流れる樹肌と土。
まるで時間が静止したような、ただひたすらの蒼穹と眼下の緑。
意識を繋いだベナレスとファーンが、それぞれにラピスの屋敷を目指している。
彼女と同様、取り残された彼の一部。
生体兵装の狼と鷹だ。
ラピスはそれを管理票から抹消した。
妖精眼は部品のひとつに過ぎない。
ラピスの本質は意識を並列処理する半妖だ。
三四号の頭具のような拡張さえ必要がない。
「お嬢さま」
クロエが遠慮がちに声を掛ける。
ラピスは声の方に頬を向けた。
元より彼女らの意識の在処は分かり易い。
盲いてからは尚更だ。
「北と西に通信先を確保しました、整備はアーブラムが行います」
ラピスは頷き、身動いだ。
控えたデボラが行動を察し、ラピスの手を取り床に立たせる。
「夕餉にテオドールを呼んでくれ」
家令であり執事のテオドール・バシュラールはラピスの後見人でもある。
屋敷に染み付いた影のような男で、ファリア家の表裏に通じていた。
二人が顔を見合わせるのが気配で分かる。
「予定は前に伝えた通りだ」
彼は何処かで生きている。
わざわざ白馬を遣ってやったが、ただただ迎えを待つのも癪だった。
頬を上げ、ラピスは二人に促した。
「クロエ、デボラ、旅の支度を」




