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仮面ノ騎士  作者: marvin
鉄面ノ亡霊Ⅲ
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第5話

 窓の割れ飛ぶ音がした。

 灯に散る硝子を背中に感じる。

 オベロンは中庭を疾走した。

 樹も生垣も関係はない。その全てを擦り抜ける。オベロンは風ほどに疾い。

 それでも距離には制約を受ける。瞬きの移動は部屋ほどの範囲に限られている。

 さても初手を間違えた。

 オベロンはやれやれと思案する。

 ダリル・カデットが追って来る。

 玩具を見つけた猫のように。

 不意打ちだった。

 説得しようにも口がなかった。

 少年にオベロンが見える。

 干渉される危険もなくはない。

 逆に、彼はオベロンの『眼』に捉え難い。

 ほんの小さな蒼い灯だからだ。

 なるほど、いつもと立場が反対だ。

 逃げつつ皮肉にオベロンは笑う。

 少年はひと蹴りで飛ぶように走る。

 樹も生垣も跳び越える。

 ファルカほどの巧みさはないが、膂力も疾さもそれ以上だ。正直、怖い。

 星辰態(アストラルノード)のオベロンに比べて、少年には距離も障害もある筈だ。

 なのに今にも追い付かれそうだ。

 今さら地中に逃げても悪手だ。

 抜け出た所で見つかってしまう。

 馬車に隠した棺を辿られるのは拙い。

 逃げ切る、説得する、撃退する。

 どうやら、そのひとつ目は難しそうだ。

 塀を抜け、オベロンは樹々を越えて行く。

 障害物で少年との距離を稼ぐ。

 枝の上の身体を掴み、地上に降りた。

 矢のような影が迫る。

 オベロンは弾いて軌道を逸らした。

 鎧にはまだ触れられていない。

 精緻な突風に突かれたようなものだ。

 だが少年は流れを受けて後ろに跳ねる。

 塀を蹴って再びオベロンに飛び込んだ。

 見えない手が少年を掴んで押し留める。

 鍔広帽子は揺れてもいない。

「話をしよう、ダリル・カデット」

 オベロンも些か間が抜けていた。

 さて、どう話したものか。

 言葉に困る間に少年の腕が突き抜けた。

 鍔広帽子が打ち飛ばされた。

 鎧の頭部も一緒に樹々の中に消える。

 まいったな。

 呟くも発声機構は兜の中だ。

 最早言葉は届かない。

 頭を欠いたオベロンを、少年はきょとんとした顔で見つめている。

 そこに在るのは空の鎧だ。

 否、奥に小さな蒸気炉があった。

 オベロンが腕を突き出し、折り下げる。

 空洞の肘に銃身が覗いた。

 国軍の兵器庫から持ち出した圧搾銃だ。

 幾重にも鳴る破裂の大音響に肩が震えた。

 咄嗟に腕を盾にした少年の身が削れ飛ぶ。

 此処ぞとばかりに星辰態(アストラルノード)の巨大な腕が少年の身体を掴み上げた。

 塀の縁に叩き付ける。

 紫電が跳ねて火を吹いた。

 塀に仕込まれた警備装置だ。

 想像以上に度を越している。

 衝撃の狭間に少年の蒼い灯が閃く。

 オベロンは無意識に手を伸ばした。

 ダリル・カデットの星辰態(アストラルノード)が形を成した。

 オベロンの『眼』の枠が拡がったのか、少年が彼に呼応したのかは不明だ。

 少年の蒼い灯にオベロンの意識が弾かれた。

 物理の視覚の範囲の外に少年が消えた。

 塀の向こうだ。

 纏った白煙の残滓が縁から微かに覗く。

 呼集の音が鳴っていた。

 衛士が現場に押し寄せて来る。

 オベロンは嘆息を漏らして踵を返した。

 身体が地面に滑り落ちる。

 力を吸われたか鎧を持ち上げる力が出ない。

「面倒くせえな」

 ファルカが現われ、身体を抱え上げた。

「そこらにいるんだろオッサン、走るぞ」

 辺りを見渡しファルカが声を掛ける。

 空の鎧を担いで駆け出した。

 なんとまあ。

 オベロンの星辰態(アストラルノード)が付いて滑る。

 よくできた助手だ。

 樹々を抜け、丘を下る。

 ファルカはオベロンの身体を担いで街の外れに停めた馬車に走る。

 荷台の上に乱暴に放り投げ、ファルカは御者台に駆け上がった。

 もう少し丁寧に扱えないものか。

 オベロンが嘆いた。

 遥か領館の方角に微かな喧噪があった。

 その騒動が伝わる前に関門を越える。

 問題はない。出立は商いの都合、と元より未明の通行枠は抑えてあった。

 ファルカはふと御者台の脇を見て、腰に結わえてそれきりのものを思い出した。

 解いて荷台に投げて寄越す。

 鍔広帽子に包んだ鎧の兜だ。

「こんなのが転がって来たら驚くだろう」

 なるほど、近くにいた訳か。

「それにしても君、知っていたんだね」

 転がる兜からオベロンの声がした。

「何年の付き合いだよ」

 道の先を覗いたままファルカは肩を竦めた。

「知っていて、よく訊かなかったものだねえ」

「訊いたらこっちも話さなきゃなんねえだろ」

 なるほど、とオベロンは頷く。

 オベロンの身体が、両手に抱えたのっぺりした頭を御者台の方に突き出した。

「何年もの付き合いなのになあ」

 どうせ面倒な話だろう、とファルカが呟く。

 そうなんだよね、とオベロンは笑う。

「酒の肴に聴いてくれるかい」

「オッサン、呑めねえだろ」

 ファルカはふんと鼻を鳴らして顔を顰めた。

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