第3話
事の発端はオベロンの戯言だ。
何を血迷ったか聖都留学の美少年を指差し、自分に似ていると言い出した。
ならば、その大きな帽子を取って見せろと迫るも、それだけは頑として拒む。
埒が明かない。
「調子に乗んな、おっさん」
「そうだぞ、オッサン」
「御柱の赦しを請いなさい」
皆一様に呆れ返った。
そも、これだけ一緒にいて誰ひとりオベロンの素顔を見た事がない。
それが一番の問題だ。
ともあれ、以来オベロンはダリル・カデットの消息に執着している。
日頃の無精に変わりはないが、こっそり探っているのは確かだ。
だが、難航も目に見えていた。
あの日の遭遇は偶々だ。
ダリル・カデットは表に出ない。どうやらルミナフ家の直轄領に籠っている。
大魔術師縁故の留学であればジルフォート魔導院あたりが妥当なところだ。
なのに少年の籍はない。
ルミナフの一族は皆、魔術師だ。
十五の娘のマリエルでさえ修士を修得している。
何を学ぶにせよ、ルミナフ家の一族は外に出て師を求める必要がない。
美貌の少年は社交場にも秘されている。
お陰で漏れ聞くダリル・カデットの噂は明後日の方向にひとり歩きしていた。
直に素性を探ろうにもルミナフ直轄領は聖都中央から馬で二日の距離があった。
それならば。
「ここまでやるんだな」
荷車に声を投げる。
結局、ファルカが馭者に駆り出された。
これに乗っての遠出は久しく、聖都への旅程に使用して以来だ。
ただオベロンにはファルカより付き合いの長い車両でもあった。
「何となく気になってねえ」
「何となくじゃねえだろう」
直轄領の屋敷にまで乗り込むのは。
間の緩いオベロンを詰る。
そのくせ準備は念入りだった様子だ。
毎夜の動きに気付かない筈もない。
オベロンの巡った先は国軍施設や工作所。
不穏な気配のある場所ばかりだ。
「と、言うかさ」
これが彼の目的に繋がるは分かる。
ただ、その違和感を言葉に換えるのが難しい。
「ノウムカトルの騒動なんかとは少し感じが違う様に思うんだが」
「そうだねえ」
オベロンもふうむ、と言葉を捻った。
隠し事というよりも説明に難儀している、といった類の間の様子だった。
「昔一緒にいた技師がいてね、死面を作るのも上手かったんだが」
「あれはオッサンの死面かい?」
冗談めかせてファルカが訊ねる。
オベロンは少し黙り込んだ。
「だったら調べたくならない?」
同じく冗談めかせてそう応えた。
ファルカが肩を竦めると、オベロンは考え込むような素振りを見せる。
「繋がっているんだ、何処かでね」
軸は失われた審問官か。
だがそれは、あくまで物理の足跡についてだ。
「人智の外に誰か居る」
オベロンは朧気に、そう思うと言った。
ファルカは束の間振り返り、結局何も言わずに馬の先に目を戻した。
聖都に於いても幾度かは、否、前から何度もその手の事件に遭った。
むしろオベロンが鼻面を突っ込んだのは、そうした案件が多かった。
アーブラムさえ嬉々として、二人に不可思議な話題を持ち込んで来る。
「人智の外か」
ファルカは呟く。
それは誰より自分の身が知っている。
先の道標に目を走らせた。
「もう直ぐ着くぞ」
オベロンに声を掛けた。
「関門を越えたら手筈の通りにね」
「手筈も何もオレは馬車の番だろ」
ファルカは溜息混じりに応えた。
「オレは何もしないからな」




