第2話
探偵の看板を掲げた安宿の一室。
「それ、ルミナフ家の紋ですね」
捲し立てるチャニにエクトル・アーブラムが答えた。彼はこの街の司祭だ。
得体の知れない人脈があり、上の方にも顔が利く。何気に界隈の顔役だ。
オベロンとファルカが街に不案内な頃から、何かと司祭には世話になっている。
立ち寄ったのは偶々だ。
その『偶々』は、割とあった。
チャニも何気にファルカに付いて来ている。
帰れば先客がいた次第だ。
数は多いが依頼人はひとりもいない。
だか、オベロンは珍しく起きていた。
否、起きているかどうかはよく分からない。
潰れた賭場から巻き上げた長椅子に、だらしない格好で座り込んでいる。
安普請とはいえ屋内だ。
にも拘わらず、頭に鍔広帽子を伏せている。
長靴も手袋もいつもの通り。
裾丈の長い外套はすっかり安酒が染みている。
その匂いがファルカに鬱陶しい。
「ルミナフって?」
通りで出くわした件の話をチャニが続ける。
帰るや否や皆に聞かせて回った。
朧気な記憶で衛士の紋を伝えたところ、司祭が易々と言い当てた次第だ。
客の方が探偵に向いている。
「直轄領を戴いたライン・ルミナフ伯ですよ」
司祭はむしろ皆の不案内に嘆いた。
「色位の大魔術師、知らない筈ないでしょう」
ファルカはチャニと肩を竦めた。
二人揃ってオベロンに目を遣り、頭首を無知の一団に加えようとする。
「君、魔術師を探しているんだろう、そんな事も知らなくてどうするのさ」
オベロンが平然と言い返した。
「ヴォークト、な」
逆に突かれてファルカは舌打ちした。
「まあ、聖都は魔術師も多いですから」
却って司祭が執り成している。
「実力や実績はあっても階位のない方もいらっしゃいますしねえ」
魔術師として名が知られるのは、世に何を為したかに因るらしい。
社交的には開位から伯が付く。
修士、門弟。開位はその上だ。
祭位、典位となれば雲の上。
色位は幾人もいない。
「ライン・ルミナフの御子息も、門弟ですが有名ですね」
息子のディオ・ルミナフはまだ歳若いがルミナフ伯の助手を務めているらしい。
数年前に事故に遭い、生死の境を彷徨うも奇跡の復帰を遂げたのだと云う。
大仰な尾鰭かとファルカは疑う。大物は何かと物語で飾りたがるからだ。
歳の頃を窺うに、あの場の青年がそうかも知れない。衛士の態度も頷けた。
「ダリルっていうのは、じゃあ弟?」
凄い美人の、とチャニは加える。
「さて、妹君はいらしゃいましたが弟は」
アーブラム司祭は小首を傾げた。
はた、と手を打つ。
「美人と仰いましたね」
失礼、と声を掛け書架を覗き込んだ。
見目の格付け重視で並べてはいるが、ほとんどの本は借り物、拾い物だ。
ファルカは碌に開いた事がない。
「直轄領の名士ですからね」
そう言って一冊を机上に広げた。
「これ、この美人」
チャニが指差して声を上げた。
社交の年鑑と思しきその本には、高価な映写の印画が載せられている。
大魔術師ライン・ルミナフ、夫人のアデル、息子のディオ、娘のマリエル。
もう一人、ダリル・カデット。あの少年だ。
聖都留学の親類、とだけ記載されている。
不意に風が薙いだかと思うと鍋を転がすような大きな音がした。
何事か、と皆が振り返る。
オベロンが長椅子から転げ落ちていた。
「僕だ」
ひっくり返ったままオベロンが言った。
寝惚けているのか、声がざらついている。
「それ、僕の顔だ」




