第3話
再臨歴一九七五年、大陸中央
ランズクレスト公国ファリア家直轄領
被験体三四号は塵ひとつ残さず焼却された。
神化生物計画は拠点そのものが遺棄された。
失脚した父に代わり、三五号の開発はガフ・ヴォークトに下賜された。
ラピスも知らない別の拠点だ。
だが、あの神像は最早ない。
類するものも〈黒司教〉が禁忌と定めた。
三四号。名を何と云ったか。
ついぞラピスが触れたのは妖精眼の蝕肢だけ。
指は何も覚えていない。
使用人の声がした。
押し留めようとしている声だ。
久しくラピスの暮らす屋敷は、クロエとデボラの以外に居ない。
警備はそれで十分だからだ。
家令のテオドールも外にいる。
その彼女らに無理強いが出来ないのなら、父か件の関係者だろう。是非もない。
獣も同然だった二人を今に至るまで手を加えたがそうした枷はまだ生きている。
扉を引いたのはガフ・ヴォークトだった。
窓を閉ざした灯のない部屋に目を細め、一脚きりの椅子にラピスの姿を見遣る。
「ようやくお会いできましたな」
装飾ひとつない十二の少女の部屋を見渡し、ガフ・ヴォークトは口許を顰めた。
「ご用件は、ガフ・ヴォークト卿」
予想しなかった訳ではない。
ただ、少し早い。
「お父上は休養のご様子、後を私に任ぜられたのはご存じかと」
よく喋る。
子供相手に馬鹿丁寧な口調を楽しんでいる。
その肩越しに見るクロエとデボラは暗器に手を掛けラピスの指示を待っていた。
「ご用件は」
二人を留めてラピスは繰り返した。
この男の望みは想像がついた。
元より覚悟の上だった。
「その眼を寄越しなさい、子供に過ぎた代物だ」
一転、酷薄な目を向けて、ガフ・ヴォークトは諭すようにラピスに告げた。




