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仮面ノ騎士  作者: marvin
魔宴ノ剣士Ⅰ
28/62

第4話

 薔薇の修道院に囲われたザビーネは、身を伏せるように生きていた。

 ここで暮らす意味は知っている。

 他に行き場は何処にもない。

 なのに、売り物にもならない穢れた身だ。

 ただ役立たずとして死ぬまで生きている。

 ザビーネは俯いたまま怖気を噛み殺した。

 訪ねて来た二人が部屋を出た後も、ただ敷物の毛羽立ちを追っていた。

 請われて毎夜の悪夢を口にした。

 蒸気の鳴る音、酸っぱい匂い。

 白布の下の黒い石の碑。

 誰が端を引き下ろしたとたん、燈火が落ちて真暗闇になった。

 たくさんの悲鳴がした。

 ぶくぶくと沸く泡の音がした。

 鉄の匂いが吹く中で黒い獣に押し倒された。

 爪が身体を掻き削る。

 指ほど太い歯が食い込んだ。

 後はただ、朦朧と。

 何度も意識が途切れた後に、父母と領主の声がした。穢らわしい。穢らわしい。

 赤く焼けた火箸が脚の間に見えて。

 訪問客の若い方がザビーネの言葉を遮った。

 止めない相方と院長を詰り、何とも言えない苦い顔で苛々と部屋を出て行った。

 鍔広帽子の男の人は院長と暫く言葉を交わし、領主と司祭の名を口にした。

 目線はないがザビーネを見る気配があり、院長に何かを告げて去った。

 ぼんやりと聞くに、二人は隣国で事件を知って話しを訊きに来たらしい。

 シュタインバルトだそうだ。

 確かそこでは大きな騒動があって、国が危うく揺れている。

 異端を問われた王太子が潔白を訴えて自決したのだと云う。

 噂のひとつにそう聞いた。

 自分は、とザビーネは思う。

 誇りに自死する事もなく、何に抗う事もなく、役立たずのまま生きている。

「悔しいな」

 院長がぽつりと言った。

 不運を比べるつもりはない。

 此処はそうした娘の吹き溜まりだ。

「おまえを抱いてやれないのが悔しい」

 アデライト・グレミオは首筋に目を落とした。薄い麦色の肌には痕ひとつない。

 鬼獣の毒は致命的だが、死を免れたのは血肉が鬼獣に堕ちたからだと云う。

 焼けた胎に母は無理だが、ザビーネが女でいる事には何の遜色もない。

 むしろ今の方が強靭だ。常人とは比べ物にならないほどの膂力もある。

 だが、ザビーネはもはや人ではない。

 人に触れる事、触れられる事も生涯ない。

「此処を継ぐ前、聖都で剣を振ってたんだ」

 長い沈黙の間繋ぎにアデライトは言った。

 気紛れだ。

「いけ好かない奴だが連れもいてね、やんちゃな事を滅法やった」

 力もあったし若くもあった。家名を持つほど身に不自由はなかった。

「調子に乗った挙句がこれだ」

 左頬の黒布に触れる。

「もう取り戻せない物の方が多い」

 自嘲のような笑みを浮かべた。

「悔しいな」

 また呟いてザビーネを見遣る。

「ただ生きて行くのは悔しい」

 脳裏に漠と過去を絡めて、アデライトはふんと息を漏らした。

喰人鬼(オーグル)でも、色鬼(サテュロス)でもないそうだ」

 こうした類例はアデライトにも未聞だ。

 ザビーネは引かれるように顔を上げた。

「おまえを襲ったのは、どうやらもっと得体の知れない奴らしい」

 鍔広帽子の男はそう言っていた。

 ザビーネのそれは呪いでも、ましてや奇跡などでもない。

 人の手の為した悪行だ。

「さっきの奴らもそれを追っている」

 今は娼館の片隅にいても、ザビーネはいずれ向き合う事になるだろう。

 他でもない、ザビーネ自身が呼び寄せる。

「おまえに義理がある訳じゃないが、これも何かの縁だろうさ」

 呟くと、アデライトは壁に顎を逸らした。

 剣飾りだ。難癖交渉の裏部屋に、これ見よがしに掛けられている。

「此処にこうして居る以上、おまえも食を扶持は稼がにゃならん」

 言い訳めいて聞こえるだろうか。

 苦笑の向こうにザビーネに目を遣る。

 アデライトは壁に手を伸ばし、ザビーネに選択肢を投げて寄越した。

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