第3話
明けて朝方。
ステヴナン領でも名うての薔薇の修道院に、二人の男が訪れた。
鍔広帽子の男はオベロン。
居心地悪げな若者はファルカ。
修道院の名こそあるが、公営保証の娼館だ。
客ではないとは断わりを入れた。
なので、わざわざ頃合いも選んだ。
部屋でも帽子のオベロンは見目こそ怪しいが落ち着いていた。
対照的なのはファルカだが、浮き腰なのは歳頃のせいでもない。
そも故郷を逃げ出た遠因が、この手の顔役と揉め事だったからだ。
壁に染みた甘い香にそれを思い出す。
ファルカの鼻が効かなくなりそうな頃合いになって、娼館の主人が現れた。
「待たせて悪いね」
薔薇の修道院の院長、アデライト・グレミオは大柄の女だった。
「朝寝は商売柄だ、許しておくれ」
燻んだ金髪に浅黒い肌。
左眼に黒布を巻いている。
僅かに傷痕が覗いていた。
「胡散臭そうなあんたは知らんが、そっちは客なら受けが良さそうだ」
隻眼の物色も居心地悪く、ファルカは知らず身を竦める。
見て院長は呵々と笑った。
「なに、取って喰ったりしやしないよ、あたしは女が専門だ」
見目美しいが、婀娜というより男気がある。
「で、あの娘の事を訊きたいって?」
不意に刃先を返して訊ねる。
ファルカは気迫に舌を巻いた。
芯も履歴も骨太のようだ。
「引き取り先が此処で」
オベロンの答えは間延びしていた。
「死歴があって」
一年前の惨劇に生き残った者はない。
瀕死の娘も処置の末、此処で亡くなった。
「でも供花の跡がない」
墓に帰る場所がないなら修道院に入る。
そもこの館が選ばれたのなら、娘は穢れを負っていたのだろう。
「やはり生きておいででしょうか」
「知ってて訊きに来たんだろう?」
粘りもせずに院長は断じた。
二人は問うより問われていた。
彼女が面会に応じたのはそれが理由だ。
何処で知った、と眼が怖い。
思わず両手を掲げて見せるも、オベロンは飄々と厚かましく訊ねた。
「知りたいのは、あの日何が起きたか」
ファルカが怖気る殺気にも淡々としている。
鈍いのか肝が据わっているのか。
オベロンはまるで暴力に無頓着だ。
「追っているのは彼女というより、事を起こした鉄面の司祭についてです」
オベロンは帽子の鍔を院長に寄せる。
「名はシルベルト・クラウザ?」
「違うね」
院長はにべもない。
「違うが、そんな司祭は二人といないだろう」
そう笑って応えた。
和らいだ気にファルカが安堵の息を吐く。
何とはなしに、ようやく敷居を跨がせて貰えたように気がした。
「ザビーネ」
院長が扉の向こうに声を張る。
扉を丁寧に薄く開け現れたのはひょろりとした長身を屈める小間使いの少女だ。
歳は十四、五。髪は黒。
俯き加減に翳った肌は淡く色があった。
「ご覧の通りだ、ぴんぴんしている、あいにく信心の賜物じゃないがね」
何気の不敬を物ともせずに院長は少女を椅子に招いて掛けさせた。
「別嬪だろう」
目で追う二人を半目で笑う。
「勿体ないが、この娘は駄目だ」
売り物にならないのさ、と院長は言った。
「医者の見立てじゃ身体中に鬼獣の毒が染みてるんだそうだ、触ると死ぬよ」
俯く少女の眼は溟い黄金の色をしていた。




