第2話
再臨歴一九七ニ年、大陸東部
ノウムカトル公国ステヴナン領
惨劇が起きて一年になる。
現場となった領館の別棟は、まだ取り壊されずに残されていた。
とは云え内壁は掻き落とされ、床もすっかり剥ぎ起こされている。
血を拭うのが面倒だとばかりに、全ての痕跡を乱暴に埋め隠していた。
骨組みの広間は、がらんとして何もない。
何もないが、ファルカは顔を顰めた。
まだ血の臭いが籠っている。
戸口に佇むオベロンは、瞑目するように鍔広帽子の縁を引いた。
輪郭も定かでない魂が、一〇ほども虚ろに取り残されている。
まともな死に方ではなかったようだ。
オベロンの仕草に目を留めて、ファルカは怪訝な顔をした。
「オッサン、そっちが見えるのか」
信心の具合いは知っている。
共に褒められたものではない。
だが聖霊術の資質は別だ。
「それが見えたら浄化師になってます」
確かに、とファルカは肩を竦めた。
探偵などよりその方が遥かに実入りも信用も上だ。食い逸れる事もない。
「喰人鬼の仕業らしいですが、どうです?」
「どうって言われてもな」
建屋には何も残っていない。
討伐隊や猟夫には身を置いたが、この状態で言える事は少ない。
「扉を出入りするほど行儀のいい喰人鬼だった事くらいかな」
開口を見渡し枠色と板を見比べる。
「ふむ」
と、オベロンは頷いて見せた。
「色鬼がいたとの噂もあって」
「喰人鬼が弁当を持ち込んだのか」
馬鹿々々しい、とファルカは肩を竦めた。
鬼獣と括っても種は様々だ。こと喰人鬼は身内でも喰い合う。
仕入れた話が雑過ぎる。
「それが噂の尾鰭なら、何でそんな話が出たのかを考えるのが探偵の」
講釈の途中で言葉を切る。
「おや、衛兵だ」
建屋は勿論、立ち入り禁止だ。
何なら二人は領館の敷地にさえ断わりもなく入り込んで勝手をしている。
「一旦、逃げよう」
オベロンはそう言って我れ先に駆け出した。
ファルカが顔を上げると、もういない。
端で床支えの敷石を眺めていたファルカは舌打ちしてオベロンを追い掛けた。




