第1話
再臨歴一九七二年、大陸中央
バルチスタン公国東山岳地帯、某所
父は被験体に狂喜した。
名も無い神像の適合性は予想を超えていた。
今度こそは耐えられる。
そう確信して迎え入れた。
移送に際して十余名が呪詛に斃れた。
施術に於いては死者も出た。
それさえ父には些細な事だ。
神化生物は三三の被験体を数える。
その何れもが自壊した。
父は疾うに理性を踏み越えている。
相手を知って動揺は見せたが、人知を超えた運命と智の誘惑には勝てなかった。
父は異端だ。
此処の誰もが異端の使徒だ。
身籠る母に妖精の芽を植え、碧い眼の半妖を造るほどには堕ちている。
神秘の顕現に魂を堕とした大魔術師。
だがそれは、娘も同じだった。
このまだ幼い娘の妖精眼なしに、被検体の施術は為し得なかっただろう。
被験体は、その身に冒涜を詰められた。
神化生物。
人造生命と魔導骨格の混成素体。
再生、増殖、自己改変を可能にする異端の生体部品と名も無き神像。
その異素材を娘が繋いだ。
数夜を越えて無数の星辰態の軸索を血肉に結んだ。神像に魂を固着する為だ。
生命の尊厳の一切を廃し、被験体は死を拒絶した。事実上の不死だ。
だが聖霊術を拒む副作用もあった。治癒は適わず苦痛も抑えようがない。
肉体は自滅と再生を繰り返した。
幾度も幾度も肉塊に成り果て、都度蘇った。
人格は耐えられない。
だが人で居続ける事に期待もなかった。
狂気の方が制御は容易い。現に鬼獣や他の被験者にはそうして来た。
だが被験体は逃れる事さえ許されなかった。
脳に刻んだ意思と記憶が都度に再生した。
生者に冥界が覗けたとすれば、恐らくこれが最初の事だ。生き地獄だ。
「ようこそ、三四号」
被検体の眼を覗き、娘は其処に人を見た。




