第3話
「陽に弱いので勘弁して欲しいんだが」
その大きな帽子を取り上げようとしたものの、オベロンは頑なに鍔を掴んだ。
「部屋ン中だぞ」
見渡しファルカは呆れて言った。
借りた宿屋の一室は窓も締めたままだ。
だが、安宿とは云えオベロン持ちだ。
見掛けはどうにも怪し過ぎるが、そう言われ続けては無理強いもできない。
ひとまずは雇用を承諾した身でもある。
ファルカは諦め両手を挙げた。
「ファルカと呼んでよかったかな」
ファルカは自身をファルカパッド・ペレグリンと名乗る。
勿論、姓などでっち上げだ。
拾われ子に家名などある筈もない。
はったりがてらに勝手に名乗っただけだが、いつの間にやら身に付いていた。
とは云え、一々は長くて面倒だ。
ファルカと呼ぶのに落ち着いた。
本末転倒とはこの事だ。
僕はいいからお食べなさい、とオベロンは調理場で仕入れた包みを拡げた。
「話を聞かせて貰おう」
いざとなれば逃げ出せばよかろう、などとファルカは開き直っている。
食事も寝床も何とかなるなら、多少の危うさも背に腹は代えられない。
オベロンは自称の探偵だ。
要は何でも屋だと名乗った。
失せもの探しから身元の調査、果ては護衛なども引き受けているらしい。
怪しい身形は、この際呑もう。
陽気でどこか間延びした人柄が、どうにか見目を挽回するにも足りている。
「この街の騒動は知っての通りだね、僕はその渦中の人物を調べている」
ファルカが目を剥く。
「王太子をか」
「違うよ、彼を取り調べている審問官だ」
答えに今度は顔を顰めた。
「誰の依頼だよ」
審問官を探るなど、異端騒ぎのそのものを疑っているようなものだ。
やはり権力争いの一端か。
「訊かないで、依頼人の秘密は守る」
胸を張ってオベロンは言う。
でもまあ、と両手を拡げた。
「これは個人の調査だ、依頼人は僕自身さ」
殴ってやろうかとファルカが睨む。
「実はね、僕はカルマンカードからずっとこの男を追っている」
「ここからずっと西の国だな」
大陸中央の東寄りだ。
聖都の隣国に位置している。
「そこでちょっとした事故があってね、大聖堂が吹っ飛んだ」
「大事故じゃねえか」
真面目なのか巫山戯ているのか。
「その絡みで司祭が移動になってね」
「それが」
逸るファルカをオベロンが遮る。
「残念、そいつも探してはいるんだが」
早く言え。
「その騒動を揉み消したり、関係者を何処かへ遣ったりしたのがこの審問官さ」
つまりオベロンの本命はカルマンカードの元司教。
審問官はその手掛かりらしい。
調子の軽い語り口だが、話は大層な面倒事が見え隠れしている。
関わって大丈夫か、と不安になった。
「審問官はクスト・ルフォール司祭」
肩書は中央大聖堂の司教。理省所属の独立異端審問官であるらしい。
仕事柄か腰が落ち着かず、定住地もなく彼方此方を飛び回っているそうだ。
シュタインバルトにも幾度も訪れている。
どうやらこの街の司祭ジェラード・グラルとも知己であるらしい。
「王太子の聴取は今も大聖堂の何処かで行われているらしいんだが」
あいにく僕は近づけない、とオベロン。
「そりゃあ、立ち入り禁止だろう」
「僕は君ほど身が軽くないから」
ファルカはじっとオベロンを見る。
「忍び込めって言ってるのか」
オベロンが肩を竦める。
「信心は深い方かい?」
「信心の問題じゃねえよ」
呆れた溜息を吐き出した。
「アンタ、初対面のオレを捉まえてさ、普通こんな危ない話をするかね」
一体何を考えているのか。
そうかなあ、と少し考え込んでからオベロンは陽気に言葉を継いだ。
「ねえ君、君って何の後ろ盾もないだろう」
問うているのはファルカが何者かだ。
この街だけの事でなく、ファルカが何に属しているか、なのだだろう。
養父が山で死んで、討伐隊も猟夫も抜けた。
小悪党を気取っていたが子供を食い物にする連中に反発して逃げた根無し草だ。
確かに人より幾分か強い自覚はある。
あるが、それは売り物ではない。
「そんなのがふらふらしているのはね、危なっかしくて仕方がないから」
オベロンは言った。
「だから味方に引き込もうって算段だ」
打算だよ、と肩を竦める。
「じゃあ話したらダメだろう」
ファルカが呆れて指摘する。
「違いない」
オベロンはきょとんと帽子の鍔を小突いて、呑気にそうな笑い声を立てた。




