第1話
再臨歴一九七一年、大陸東部
シュタインバルト公国フォルゴーン宗主領
石の敷かれた馬車路を登る。
ファルカは丘の上の屋敷を目指した。
シュタインバルトの領館だ。
鬼獣討伐の斡旋口が設けられている。
大概、雇兵は手が足りない。
ファルカは国に流れ着いたばかりだ。
御許の検証先がないのも都合がよい。
イズラエストの手配書も、まだここまでは回って来ていないだろう。
質の悪い人売りにうっかり腹を立てた。
だが商家を潰したのはやり過ぎだった。
息を吐く。
どうあれ、食い扶持は探さねばならない。
シュタインバルトの王太子は、ファルカと同じ歳頃だ。
語りの種にもなるだろう。
街ではかなりの評判だ。
同じ年頃の若い男が路頭に迷っているなど、国の体裁も悪いに違いない。
ファルカは楽天的だった。
後ろ盾などありはしないが、同情話なら幾らでもでっち上げられる。
それに、此処はよい街だ。
子供たちが皆笑っている。
立ち止まり、ァルカは辺りを見渡した。
城下を見下ろす丘の眺望。もう片側には連なった木立。
だが館の門も見えようという所で、ちょっとした騒動に出くわした。
教会の箱馬車が揉めている。
乗車口には長身の青年。
どうやらファルカと同じ歳頃だ。
迎える鷲鼻の痩せた男は縦襟の黒服。
こちらは教会の司祭だろう。
見れば審問官の記章を掛けている。
嫌な匂いがした。
青年の腕を引き戻す少女は司祭に向かって怖じることなく声を張る。
文官らしい長身の女性は刃物のように冷えた目で司祭を睨んでいる。
ファルカは頭を抱えた。
とんでもない愁嘆場だ。
身形からして青年は王太子に違いない。
それが審問官に連行されようとしている。
無意識に木陰に身を寄せて、ファルカは身を潜めた。成り行きを窺う。
国家教会は利害の両輪だが、異端審問には垣根を無視した強権がある。
こと権威者には致命的だ。
だが、あれが異端者の顔か。
腕を引かれる自分の身より、縋る少女の足許を気遣うような呑気な男だ。
何かの誤解であればいいが。
そう祈らずにはいられない。
こんな大事が王太子の身に起きようものなら、ファルカの雇用どころではない。
ともあれ、今日の求職は無理だ。
引き返そうとしたファルカの背中を、人影らしきが足早に駆けて行った。
奥の林に紛れたのは領館の使用人だろうか。
確かに気にもなるだろう。
よく分かる。
こうして職の宛てを失い掛けているのは、ファルカも同じだったからだ。




