第2話
鍔広帽子に長裾の外套、馬手袋と乗馬靴。
着膨れない細身の全身鎧を隈無く覆う。
棺桶を隠した荷車を曳いて街を行く。
我ながら滑稽だ。
馬丁の宿に金を積み、荷車を預ける。
オベロンは夜の大聖堂に歩き出した。
鎧の操作も今では堂に入ったものだ。
もう突立ったまま歩いたりしない。
今のオベロンの足元はそう怪しくない筈だ。
軽く酔った程度には見えるだろうが。
鎧のままで敷地に入り、勝手知ったる倉庫に潜り込んだ。
柵越え、鍵開けはお手の物だ。
念のため鎧を隠しオベロンは外に漂い出た。
不思議な事に、鎧を動かしている分には自分はまだ人の形をしていると思える。
亡霊となったこの身では、正直人の大きさや手足の数に囚われる事もない。
五感も前だけを向いていない。
敷地の奥の居住区は、今も位置を変えていなかった。
司祭のそれは独立した建屋だ。
人けがない。二階の窓は閉じたまま。
思えば幾度もそこにユミルを見上げた。
土壁を抜けて奥に行く。
灯はないものの関係はない。
シルベルト・クラウザの私室を覗き込んだ。
不在だ。
引き籠りだと聞いてはいたが、部屋はそれほど荒れてもいない。
むしろ生活感がない。
日の大半を過ごしているのは、恐らくこの部屋ではないのだろう。
では、何処か。
意識を拡げて気配を探る。
離れに職員、使用人は居る。
だが、この建屋には誰もいない。
否、下だ。
階下に部屋などあっただろうか。
物置さえも庭先にあった。生前のオベロンも此処で地下蔵を漁った記憶はない。
オベロンは身体を地中に沈めた。
下りの階段が見当たらなかったからだ。
元より地面もオベロンの意識の産物だ。
地に足が着くのは気分の問題に過ぎない。
その筈だったが、微かな抵抗を潜り抜けた。
恐らく霊的な障壁だ。
どうやら、そうした施術はオベロンを阻む。
かも知れない、とガスパールは言った。
専門外だから確証はないが。
大聖堂は伊達ではない。
感心しかけてオベロンは訝しむ。
私邸の地下に霊的な何を置く必要がある。
灯があった。真下に空洞がある。
天井も高いが相当に広い。
総石造りの空間は、雑多な機材が外縁を埋めていた。
まるで機械化工場の様相だ。
その中央に黒い石碑を据えている。
奇怪な文様の縁飾りの内は、全く照り返しのない黒い板だ。
何故か無意識に怖気た。
どうやら、これは勝手が違う。
囲いの妻だの隠し子だのと、オベロンは下世話な想像ばかりしていたのだった。
司祭は何処か。
そも此処に至る経路は隠されている。
まだ移動の途中にあるのだろうか。
石堂にゆるりと降り立つ。
オベロンはぶらりと辺りを探った。
縁に積まれた機材を見遣るにガスパールの工房で見た部品も数多くあるようだ。
訳も分からず使いをしていたが、今こうして見ても意味が全く分からない。
だが、稼働している。
方々に這う管は流動に脈打ち、蒸気炉の振動が石積みを微かに震わせている。
聖都に名高い魔術師というからには、これもシルベルト・クラウザの研究か。
束ねた書類や図式を漁る。
オベロンに文字の忌避はない。
むしろよく読む。ユミルの世話には学識も含まれ、書棚に聖典が並んでいた。
だが覗いた書き付けの出自が分からない。
聖典の言い回しには似ているのだが。
冥界ノ門。
模写は中央の石碑をそう呼んでいる。
振り返る。見上げるも妙に居心地が悪い。
これは何の違和感か。
石碑の前には棺に似た木型が置かれ幾本もの導管で壁際の機材に繋がれている。
調査分析の振る舞いと云うより、奉るかのような気配りを感じた。気味が悪い。
だが炉といい管といい、何に使う用がある。
動かそうとでもしているのか。
さっぱり訳が分からない。
オベロンは木型を覗き込んだ。
見遣ってすぐに後悔した。
肉が詰まっている。
明らかに人から切り出した肉だ。
指や肌の残りを見るに、まだ歳若い。
しかも木型に収まったその器を知っている。
ガスパールの納屋でそれを見た。
ユミルだ。
石碑の前の壁が開き、戸口に司祭が現れた。
「オベロン」
司祭が間の抜けた声を上げる。
見える筈がない。
だがシルベルト・クラウザは名を呼んだ。




