冥界
再臨歴一九七一年、大陸中央
バルチスタン公国東山岳地帯、某所
生きている。まだ生き永らえている。
聴取の部屋。
手紙の草案。
その後いったい何が起こった。
薬品臭が肌を焼く。
切り離された腕を見る。
歪んで掠れた獣の呻きが耳を突いた。
自分の声だ。気付けば声を上げている。
耐え難い苦痛に喉が何度も焼き切れた。
意識は闇にも帰れない。
狂気にさえも逃げ場がない。
都度に掴んで引き摺り戻された。
無数の導管が刺し込まれ、魂を蝕んで行く。
硬質の異物が押し込まれ、身を侵して行く。
まるで冥界だ。
無間の地獄が虐み続ける。
腹を掻き回す感覚があった。
顎が半身に喰らい付き、腑を引き啜る。
何故に我が身か。
見遣れば虚な眼が問うた。
悲鳴を上げた。
死を希うてさえ許されない。
この苦しみは何の罰か。
藻掻くように手を宙に掻く。
せめて傍に友がいれば。
愛しい人の笑顔があれば。
否。
拳を握って手を伏せる。
悍ましい声を振り払う。
救いを説く声を噛み潰した。
御使いよ。御柱よ。
否、冥界の王よ。
あれは地上に点る灯だ。
たったひとつの自身の標だ。
得られなくとも、ただ在ればよい。
遠くに在りさえすればよい。
愛しい人の笑顔と強さも。
友の信頼、その支えも。
それを護ると自身に誓った。
例えこの身が千々に裂け、肉の一片となろうとも。そう在る事を諦めはしない。
諦めてはならない。
薄暗がりに灯が差して碧い双眸が覗き込む。
「ようこそ、三四号」
少女がラグナス・フォルゴーンに囁いた。




