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仮面ノ騎士  作者: marvin
化身ノ狩人Ⅰ
13/62

第3話

 山から人獣が溢れ出た。

 存在の秘匿は打ち捨てられた。

 麓の里が襲われ、人にも多数の被害が出た。

 ただ喰う為の襲撃ではない。

 明らかに抑制を失っている。

 どうやら人獣の本来の餌は、鬼獣の類が主であったらしい。

 なのに自身に毒がない。

 皮肉なものだ。人の全てが望んだものでありながら、もはや人とは相容れない。

 その階は、コラン・オランドが射殺した。

 老人は異端の魔術師だった。

 ラキシ・マヌサハルと云う名らしい。

 弟子諸共に冠位を剥奪され、忘れられた。

 当然だ。

 冒涜的な交配で人に非ざる所業を為した。

 国家教会は認めない。

 記録にさえも残る事はないだろう。

 討伐は直ちに下知された。

 だが人獣とあっては腰も引ける。

 十余年の歳月は決して記憶に遠くない。

 領府は報酬を上げた。

 教会の厭忌を無視できなかった。

 公国の軍器も徴用が許可された。

 飛び付いたのはコラン・オランドだ。

 人獣の本拠に攻城戦を気取り、荒れた猟夫と無謀な雇い兵を無闇に焚き付けた。

 ペレグリンはただ呆れた。

 火を熾したのはコラン自身だ。

 彼の行為は秘されていた為、それが被害の遠因と知る者は誰もいなかった。


 そして、突入が始まった。

 建屋に続く山道を討伐隊が埋めている。

 迎撃に長弓の斉射。

 その背には投石と火矢の射出台がある。

 鬼種の類は人真似で投擲も行う。

 人獣はそうではないらしい。

 単に兵具がないのだろう。

 知恵も行動も人獣は遥かに人に近かった。

 立ち向かうもの。立て籠もるもの。

 鱗を削ぐように建屋が瓦解する。

 討伐隊が血を噴いた。

 遠距離戦にかまけ突入の機を見誤った。

 人獣の強靭さは鬼獣に優った。

 得物はなくとも爪と牙で十分だ。

 個々は遥かに人を凌いだ。

 血みどろの乱戦を遠巻きに、コランとペレグリンは建屋の裏に潜んでいた。

 以前に通った径路を辿り、状況を窺う。

 初めから討伐隊を囮に使う算段だった。

 コランには目を付けた獲物があった。

 ひときわ巨大な人獣だ。

 銀色に近い白い毛のそれにコランが猛った。

 ファルカパッドは魅入られた。

 美しいとさえ思った。

 焦りのような微熱が引かない。

「行くぞ」

 コランが襟首を掴んで詰る。

 ファルカパッドは手押し車を曳いて走った。

 圧搾銃だ。

 照準は甘いが威力は高い。

 近距離掃討用の代物だ。

 鉄の榴弾を撃つ国軍の最新式を、コランは半ば盗むようにして手に入れていた。

 気づいて駆け寄る幾匹が血煙を噴いた。

 空の掌を打つような音が耳を弄する。

 もんどりを打つ仲間に巨獣が振り返った。

 数え切れない榴弾に震える。

 白い毛の上に幾つもの朱を散らした。

 何故かその眼はコランを越えて、ファルカパッドを見つめている。

 銃声に耳を奪われていた。

 不意に音が押し寄せる。

 気付けば巨獣が建屋に這い擦って行く。

 怒声が耳を擦り抜けた。

 茫然とするファルカパッドを突き倒し、コランが圧搾銃の引手を奪う。

 建屋に走り血の跡を追った。

 戸口の段差を持ち上げたものの、圧搾銃が木戸に閊えて悪態を吐く。

 遂には地面に蹴り落とし、短弓を構えた。

 柄を回しながら建屋を潜る。

 ファルカパッドは我に返った。

 逸り過ぎだと舌打ちする。

 追って駆け込み、血で塗った廊下を走る。

 先の部屋にコランの背が隠れた。

 刹那、霧のように血が噴いた。

 矢を撃つ音が立て続けに走る。

 ファルカパッドは追い付いたものの頽れるコランの肩を掴んで辛うじて堪えた。

 頭越しに人獣を見る。

 背丈からしてまだ歳若い。

 射られた腕を抑えていた。

 ファルカパッドを睨む。

 鼻筋に皺を寄せ、歯を剥く。

 その背に朱を散らした巨獣がいた。

 背中に掠れた唸りを聞いて、若い人獣は戸惑うように頭を振った。

 睨付けたまま後退る。

 ファルカパッドは息を詰めてそれを見遣る。

 巨獣を曳いて奥の部屋に消えた。

 コランを支え切れず膝を突いた。

 仰向けにして傷を診る。

 ひと目見て、手の施しようがないと知れた。

 身体が白く冷えて行く。

「見たか、おまえを見逃した」

 途切れて上擦るコランの声は、痛みよりも寒さに震えているようだった。

「ヴォークトの」

 込み上げた血を飲み下して咽る。

「ガフ・ヴォークトの言う通りだ」

 混濁した意識の譫言だ。

 ファルカパッドはそう思った。

「おまえは、あれの混じりものだ」

 不意に思いも寄らぬ力で肩を掴む。

「馬鹿を言うな」

「確かめた」

 血を吐いた。

「確かめたんだ」

 笑うコランの眼の焦点は、ぼんやりとした宙にある。もう何も見えてはいない。

「おまえの飯に鬼獣の肉を混ぜた」

 コランは言った。

「そんなものを上手そうに」

 ファルカパッドの肩を掴む指は、力なく曲がったまま袖に引っ掛かっている。

「俺なんかの飯を上手そうに」

 事切れた。

 ファルカパッドは床に手を突き、ひとつ残った親爺の虚な眼を見おろした。

 立ち上がる。

 血の跡を追って奥の部屋を潜る。

 風があった。

 開け放たれた窓の向こう人獣が駆けて行く。

 部屋には巨獣が事切れていた。

 蹲る腹に空いた大穴が白い毛を染めている。

 顔を上げると遠くに若い人獣と目が合った。

 外の戦を生き延びた幾匹もが集う。

 一緒になって逃げて行く。

 ファルカパッドはもう一度、目の前に横たわった巨獣の身体を眺め遣る。

 白い毛並みは血で汚れいるが、何故だかひどく柔らかそうだと思った。


 動くものは、もうなかった。

 討伐隊は一時の撤退を選んだ。

 回収漏れの屍だけが白目を剥いて空を睨んでいる。

 ファルカパッドは辺りを見遣る。

 送魂の祈詞思い出そうとして、諦めた。

 奥深い山嶺を眺めた。

 あの若い人獣の幻を振り払う。

 戸口に転がる圧搾銃を曳いて歩いた。

 建屋の節から吹く煙が黒く濃くなって行く。

 振り返り、蒸気炉の小屋に圧搾銃を向けた。

 空になるまで撃ち放つ。

 走って樹々の裏手に身を伏せた。

 巨人が雪玉を弾いたように、建屋は微塵に消し飛んだ。砕片が空に降り頻る。

 まるで雪のようだった

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